#ほぼにちらーめん

プロのラーメン断食家であるボク,らーめ人間Zが可能な限り毎日タンタンとメンタルしっかり政治・経済・社会・技術の垣根なく知らなかったことを知るために書いているただの日記ブログ.よろしくね,ピース.ほぼ日刊イトイ新聞とは無関係.写真をはじめとした皆あまねく全てのコンテンツの無断転載はお断り!

ボクがゴールデンウィークのラーメン店の営業時間を調べるわけがない。

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 ボクはらーめ人間Z。らーめん視点からでないとブログが書けないまともない人間だ。ボクはラヲタではない。らーめん好きを公言しているからと言ってラーメンを食べなければらーめんを好きと言ってはならない理由はないはずだ。諸般の事情があってボクはここ2週間ほどラーメン断食をしてみている。2017年4月14日以来外ではボクはラーメンはキメていない。

 しかし今回ボクが話したいと思うのは2017年のボクのゴールデンウィークについてだ。何度でも言うがボクはラヲタではない(参照)。それを証明するポストラヲタ活動というものをどのようにキメているかということをゴールデンウィークが始まるにあたって書いておきたいと思う。ボクはラヲタがするような活動にあえて対極となる活動をしている。しかし、それは言葉に出さないと分かってもらえないと思ったのだ。

 例えばボクはラーメン店でお店の方から声をかけられないかぎりボクの方から声をかけることはない(話しかけてほしそうにこちらを見てくるスライムのような店主がいるお店は例外なのだが)。よくいくお店では「こんにちは」「こんばんわ」という挨拶はする。完食後に「ご馳走様でした」「美味しかったです」を伝えることも忘れない。感謝や敬意の気持ちを相手に伝えるのは当たり前のことだとボクは思っているからだ。ボクがラーメン店で饒舌多弁にらーめんを語るといったことなど基本的にない。らーめんをキメるときにラーメンの話をボクはしない。ボクは静かにひとりでらーめんをキメたいのだ。

 話が脇道にそれてしまった。本題に戻りたいと思う。ボクが2017年のゴールデンウィークにあえてやらないとキメたのはゴールデンウィーク期間中に毎日外のラーメン店のラーメンをキメないということだ。まとも人間には何を言っているのか分からないかもしれないが以前までのボクは大型連休の際には毎日外でらーめんをキメるのが楽しみだったのだ。しかし毎日ゴールデンウィーク中にラーメンをキメるためには2017年4月29日から2017年5月7日まで毎日の予定をあらかじめ予習らーめんしなければならない。予定をあらかじめキメて行動しなければならない。ボクはあえて2017年はそれをしないことにキメてみたのだ。予定をキメない訓練、修行というわけだ。

 もちろん実はボクにはこのゴールデンウィーク中に行ってみたいと思っているラーメン店がある。とっておきというヤツだ。しかしボクはボクがそのお店に行きたいと思った時に営業時間を調べて行きたいと思っている。本エントリの冒頭に触れたラーメン断食とも繋がるちょっとしたこれも修行というわけだ。それが何の目的でしている修行なのかは追々語らっていきたいと思っている。遅筆なので一日せいぜいひとつのエントリを書くのが精一杯なのだ。ボクはそれなりに自分の考えがあって行動している。唯一断言できるのはボクは決してダレカの真似はしないということだ。特にラヲタの真似はしない。ダンコとしてラヲタの真似だけは絶対にしないことにキメているのだ。

与太話のコーナー。

 ボクは2017年のゴールデンウィーク大型連休は谷間の2017年5月1日と2日に有給休暇を取らなかった。そもそもこういう大型連休ではレジャー関連の需要が高まる。だからレジャー関連ビジネスは普段よりサービスやモノの値段を上げる(まさに書き入れ時というわけだ)。需要が高まれば供給の関係でモノやサービスの値段が上がるのは当たり前だ。だからこういった大型連休に旅行などのレジャーをキメるのはあえて高値づかみをキメようとしているのと同じだ。ボクはあえて高値づかみをキメようとするまとも人間の気持ちがボクには分からない(家族の予定が合わないからというのなら一定の理解はできるが)。ボクはあえて高値づかみしないで済む頃合いを見計らって有給消化をキメたいと思っている。ボクは自分の仕事を調整して旅行やレジャーは閑散期にキメる(出不精なのはさておき)。そもそも並ぶのが嫌い(参照)。とにかく嫌いなボクが敢えて混みあうシーズンに旅行やレジャーをキメるというのは矛盾している。ボクはマゾではないのだ。らーめんも卒業したくない。

今週のお題「ゴールデンウィーク2017」によせて書きました。ゴールデンウィークのイラスト「GW」。最近はボクは孤独のグルメを観ている。その影響もあって行き当たりばったりの魅力を再考してみている。その時々にいる場所でスマホも使わず自分の目と耳と足を頼りに楽しみを探す。そういったことも修行だ。まとも人間に早くなりたいものです。)