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らーめ人間Z。がほぼ日刊でらーめんについて綴るただの日記。文体ときどきフミコフミオインスパイア。食べたラーメンの記録、訪問店の感想だけでなく、ラーメン関連のイベント、キャンペーンの情報などもシェアしていくよ。よろしくね。ピース。ほぼ日刊イトイ新聞とは関係ありません。写真をはじめとしたすべてのコンテンツの無断転載はお断り!

ラーメンはひとり飯でキメる。

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Netflix野武士のグルメお題「ひとり飯」

 ボクはらーめ人間Z。らーめんは基本的にひとり飯で食べるまともない人間だ。ごめんなさい、らーめんをひとり飯でキメることに関して言うとボクはさほどまともないと思ってはいない。らーめんをひとりでキメる時間をボクはいつもとても贅沢だと感じている。らーめんそのものが贅沢だというのがボクの持論であるわけだけども、それをひとりでキメられる時間はさらに贅沢だとボクは思っている。この発想がまともないというのであれば仕方ない。修行が足りない。早くまともない人間に戻りたいものです。

 ボクがらーめんをひとり飯で食べることが贅沢だなあと思うようになったきっかけは隠すまでもなく「孤独のグルメ」。とは言ってもドラマの方なわけだけども。共感を得られる自信はない。しかしボクはドラマから入ると原作を読んでみてガッカリすることがよくある。原作の作画は先日永眠されてしまった谷口ジロー先生。ひとり飯の魅力を絶妙な機微で緻密に描き込む画力は他の追随を許さないものがあった。一方で久住昌之先生、ごめなさい。原作の方の井之頭五郎さんの言行は読んでいるとボクは「こいつ、大丈夫か?」と思ってしまう。ボクには原作の井之頭五郎さんの性格が悪いようにしか映ってこない。原作の井之頭五郎さんのような人が実在したらボクは関わり合いになりたくない。実際に彼のようなおっさんが隣でひとり飯していたらボクは食べるの途中でもお勘定をキメて帰るかもしれない。原作を読んで改めてドラマの「孤独のグルメ」を観ると、ボクはドラマの方を魅力的に感じるのは脚本と松重豊さんが演じる井之頭五郎さんの真に迫った演技力が絶妙なハーモニーを奏でた成果なのだなと強く感じさせられてしまう。

時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たすとき、つかの間、彼は自分勝手になり、自由になる。
誰にも邪魔されず、気を遣わずものを食べるという孤高の行為。
この行為こそが、現代人に平等に与えられた最高の癒し、と言えるのである。
引用: 孤独のグルメ OPでナレーターは何と言っているんですか? - 時間や社会に... - Yahoo!知恵袋

 何の話をしてるのか分からなくなってきてしまった。しかし、何を話してるか分からなくなってきてしまったついでにもう一つ「孤独のグルメ」のドラマのOPのナレーションについて補足したい。ドラマの方では番組冒頭に上述のナレーションが入る。ボクはこの「孤独のグルメ」のドラマOPのナレーションにとても共感している。このナレーションの文言を考えたのが誰なのかはボクは知らないし、興味ない。久住昌之先生なのかもしれないし、そうではないのかもしれない。ひとり飯をキメるときボクは俗世からの開放感で自由を感じるし、誰にも気を遣わずらーめんをキメられるお店を見つけたときの気分は格別だ。ひとり飯、それをらーめんでキメられたらボクにはそれ以上の癒しはない(このブログでもずっとボクはひとりでらーめんを静かにキメることができたとき至上の癒しを得られるといったことは書いてきた)。ひとりで静かにキメるらーめんサイコー。

 ところでボクが原作読んでいると井之頭五郎さんに「こいつ、大丈夫か?」と思ってしまう一番の理由、それはモノを食べているときに彼はモノを考えすぎだということだ。ボクはひとりでらーめんをキメるとき、本当に「美味しいなあ」「癒されるなあ」と思っているとき、周りのことは目に入らなくなる。自分勝手になり、自由になる。色々と雑念が入ってしまうときはボクは目の前のらーめんに集中できていないからだと思っている。本当に「美味しいなあ」「癒されるなあ」と思うとき、らーめんキメてるボク無心。至る境地は色即是空・空即是色。ボクはらーめんはひとり飯でキメる。静かにひとりでらーめんキメられるお店を探すのは至難。だけどそういうお店を見つけることができたとき、そのお店でひとり飯らーめんキメるのはサイコー。

インスパイアされたエントリや与太話のコーナー。

 今回のエントリを書くにあたってもう一度原作の「孤独のグルメ」をボクは読み返してみた。やはりボクは原作の井之頭五郎さんが好きになれない。料理に対して文句が多いし、199X年代とはいえタバコをそこかしこでふかしすぎるし、なにより暴力的だ。しかし、よくよく考えると食べログなどで見かける食レポは得てしてこの原作の井之頭五郎さんと同じようなことをしているような気がしないでもない。ボクは食の好みは人によって千差万別だと思っている。だから他人のつける食の評価はあてにならないと思っている。そう考えるとボクには原作の「孤独のグルメ」はそういった世の中で食通と呼ばれているような人々を皮肉っていたのだろうかと思えなくもないと思えてくるようになった。だとしたら「孤独のグルメ」の原作は相当深い作品なんじゃないかとボクは評価を改めざるを得ないのかもしれない。

 与太話ついでにもうひとつ。ドラマ「孤独のグルメ」も類にもれなく聖地巡礼というものをキメる人たちがいる。ボクがとても不思議なのは「孤独のグルメ」の聖地巡礼をなぜか団体さんでキメる人たちが多いことだ。ボクにはひとり飯の聖地巡礼を団体でキメる心理がよく分からない。ボクは「孤独のグルメ」の聖地巡礼に興味ないけど、もし聖地巡礼するとしたらきちんと「孤独のグルメ」すると思う。

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上述のリンクからインスパイアを受けています。

(アイキャッチはカウンターでラーメンを食べる人のイラスト。一人でらーめんをキメているいらすとやさんのこのイラストはボクのお気に入りのいらすとやさんのイラストのひとつだ。)

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