#ほぼ日らーめん

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#ほぼにちらーめん

らーめ人間Z。がほぼ日刊でらーめんについて綴るただの日記。文体ときどきフミコフミオインスパイア。食べたラーメンの記録、訪問店の感想だけでなく、ラーメン関連のイベント、キャンペーンの情報などもシェアしていくよ。よろしくね。ピース。ほぼ日刊イトイ新聞とは関係ありません。写真をはじめとしたすべてのコンテンツの無断転載はお断り!

スープ切れお店も客も損だよね。

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 ボクはらーめ人間Z。らーめん視点からでないとブログが書けないまともない人間だ。らーめん視点でのポジショントークはお家芸。ボクは無理やりらーめんによせてブログを書いているということを隠すつもりはない。ボクがブログを書くのは文章修行。文章修行はまとも人間になるための修行。早くまとも人間になりたいものです。

 最近、ボクは今年の年初にこじらせてしまった魚介豚骨らーめんへの熱がすこし治まりをみせつつある。その熱が治まりつつある中でその熱を覚ましていく過程を個人史(メモワール)として書いていくということを宣言した(関連記事)。

 ボクには魚介豚骨といえばこのお店しかないという魚介豚骨のお店がある。そのお店にいかないと納得ができない。他のお店ではダメなのだ。ボクはそのお店をピンポイントで狙って訪れることをキメた。久方ぶりに訪れるので、営業時間や定休日は忘れてしまっていた。だからボクはしぶしぶ食べログで調べて訪れた。するとその日は火曜日だったのだがそのお店は定休日だったのだ。食べログあるある。定休日の情報が間違っていた。きっつー。仕方がないのでお店の営業日情報をその場で控えて改めて別の日にお店に伺うことにした。仕方がないのでその日は別のお店に行った。

 間をあけて別の日(通し営業の日)に楽しみにそのお店に向かった。すると今度はスープ切れでそのお店はすでに閉店していた。きっつー。ボクはまたしても魚介豚骨熱を覚ますどころかこじらすことになってしまった。その日も仕方なく他のお店に行くことにした。

 ボクはこのとき思い出した記事があった。「良い商品を提供すればお客さんが合わせてくれる」を説明するのにらーめん店のスープ切れ閉店を例にしていた記事のことだ(参照)。このとき、まさにボクはスープ切れ閉店で諦めて再訪しようとしていたわけなのだけども、これは確かにボクがお店の都合に「合わせている」という解釈ができないこともない。

 スープ切れ閉店はらーめん店巡りあるあるではある。だからボクの場合、らーめん店を巡るときは特定のお店だけに狙いを絞っていくことは滅多にない。このあたりの深掘りは別エントリで書きたいと思っている。

 ボクは以前のエントリ(参照)でラーメン店のスープ切れのエピソードから「良い商品を提供すればお客さんが合わせてくれる」を気づくには行間が相当抜けているのではないかと書いた。このときボクはちょうどスープ切れ閉店で同じシチュエーションになることができた。だからボクが足りないのではないかと思った行間を補ってみることに挑戦してみることにした。結果、ボクの場合は以下のようになった。

  1. 食べたい魚介豚骨らーめんがスープ切れ閉店で食べれない。
  2. 食べたい魚介豚骨らーめんを食べるためにはスープ切れ閉店前にお店に行く必要がある。
  3. スープ切れする前にお店に行くためにはより早くお店に向かう必要がある。
  4. 早くお店に向かうためにはより早くお店に着けるように時間の都合をつけなければならない(有給や半休を使う*1、平日を諦める)。

こうしてボクは行間を埋めることによってお店の側の都合に自分の都合を合わせることを「良い商品を提供すればお客さんが合わせてくれる」というように考えられないことはないということを理解することができた。とは言えラーメン店のスープ切れ閉店から「良い商品を提供すればお客さんが合わせてくれる」につなげるのはやはりかなり無理があるなあと思った。らーめ人間のボクでもかなり難しい離れ業だ。吉原精工の吉原会長はボク以上のらーめ人間なのかもしれない。つまりまだまだボクにも修行が足りなかったということだったんだね、まともらーめ人間になるための修行が。もっと修行に励まなくては。早くまともらーめ人間になりたいものです。

与太話のコーナー。

 ボクは「良い商品を提供すればお客さんが合わせてくれる」ということに関しては未だにあまり納得がいっていない。

 しかし「良い商品」なのかどうかはさておき「社会インフラ」になっているものに対しては、その社会インフラが機能不全になりそうなくらいトラブルに見舞われているとき、その利用者(お客さん)は望むと望まざるとその社会インフラ側の都合に合わせざるを得ないということがあるということはあると思っている。

今回の実験ではドライバーによる有人運転で荷物を届ける。ただし、顧客が自身で荷物を車両から取り出すことを想定していることから、ドライバーは荷物の受け渡しなどには関与しない。
引用:自動運転で荷物届ける「ロボネコヤマト」がいよいよ開始--藤沢市の一部から - CNET Japan

 ボクはそれを最近のヤマト運輸をはじめとする物流クライシスを目の当たりにしてその考え(社会インフラの危機には利用者が合わせざるを得ない)をより確信としてもつようになった。上記はDeNAとヤマト運輸の藤沢における実証実験の概要を引用させてもらったものだが「顧客が自身で荷物を車両から取り出す」というのはまさに「利用者(お客さん)が合わせている」行為なのではないかな、と思う。

お題「復習らーめん。」によせて書きました。アイキャッチはモヤモヤした人のイラスト(男性)。ボクは当該記事について感じていたもやもやを払拭することはついぞできなかった。しかし、自分の実体験から行間を埋めることはできたので一定の納得をすることはできたかなあと少しばかりの充足感に浸っている。)

*1:ボクが行きたかったお店は定時で上がってもスープ切れに間に合わないことがある。だから残業しないのはすでに前提条件。