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らーめ人間Z。がほぼ日刊でらーめんについて綴るただの日記。文体ときどきフミコフミオインスパイア。食べたラーメンの記録、訪問店の感想だけでなく、ラーメン関連のイベント、キャンペーンの情報などもシェアしていくよ。よろしくね。ピース。ほぼ日刊イトイ新聞とは関係ありません。写真をはじめとしたすべてのコンテンツの無断転載はお断り!

「お客さんには安い値段で腹いっぱい食わせてあげたい」という故山岸一雄イズムをフル堪能するなら東池袋大勝軒本店でキマリ。

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 ボクはらーめ人間Z。らーめん視点からでないとブログが書けないまともない人間だ。平和祈願のラーメンハンガーストライキへと昇華したラーメン断食を100日継続できたボクは2017年7月23日をもってプロのラーメン断食家を襲名した。ただプロのラーメン断食家がプロ意識をもって何をする者であるのかボク自身、よく分からない。そういったわけでプロになる以前と変わらず日々タンタンとブログを書き続けることにした。早くまとも人間になりたい。

 2017年の初頭、ボクは魚介豚骨ラーメンが無性に食いたいらーめ人間だった。その頃はラーメン食べたいが気づいたらいつの間にかラーメン食べたくないになっている摩訶不思議アドベンチャーな怪奇現象ははじまっていなかったのだ。つまり今日書くのは神様がボクをラーメン断食にする前の出来事を書き連ねたボクの手記であるというわけである。

ボクが魚介豚骨ラーメンと耳にして真っ先に想起するラーメン店のひとつは東池袋の大勝軒本店である。

 ボクが魚介豚骨ラーメンと耳にして真っ先に想起するラーメン店のひとつは東池袋の大勝軒本店である。魚介豚骨の元祖は青葉であるとか言われているけども、大勝軒であるとも言われている。正直ボクにはどちらでもいい。魚介豚骨のオリジンっぽいものを感じることができれば、お店はどこでも構わないからだ。

 そういったわけで、ボクは今年の初頭、思い募って東池袋の大勝軒本店に中華そば(魚介豚骨ラーメンだとは謳ってはいないのだ)を食いに行った。あまりに思いが募ってしまっていたため、ボクはノリでチャーシューメンの《大盛》にしてしまったわけなのだが《大盛》にしてしまったことを後々後悔することになる。

 読者の方に魚介豚骨ラーメンの話をすると思わせておいて、少し話が脇道にそれるわけであるが、大勝軒のラーメンメニューの麺の量は故山岸一雄さんの「お客さんには安い値段で腹いっぱい食わせてあげたい」を体現している。ボクは完全にそのことを失念して中華そばの《大盛》を頼んでしまったのだ。故山岸一雄さんの「お客さんには安い値段で腹いっぱい食わせてあげたい」を体現している大勝軒のラーメンメニューの麺量は無類である。《大盛》の麺量は800グラムだ。ボクは出てきた中華そばの丼の大きさにビックリしてしまうと共にその麺の量に圧倒されてしまった。

 大勝軒にきてラーメンを食うと、いかに現代における他のラーメン店のラーメンなどはまがいものであるということをまざまざと実感させられるものである。大勝軒のラーメンこそまさに狩猟生活から農耕生活を獲得し進化した人類の食物を体現している。

何が狩猟採集民を飢えや栄養不良から守ってくれていたかといえば、その秘密は食物の多様性にあった。農民は非常に限られた、バランスの悪い食事をする傾向にある。とくに近代以前は、農業に従事する人々が摂取するカロリーの大半は、小麦、ジャガイモあるいは稲といった単一の作物に由来し、それらは人間が必要とするビタミン、ミネラルなどの栄養素の一部を欠いている。従来、中国では典型的な農民は、朝食にもご飯、昼食にもご飯、夕食にもご飯を食べた。毎日食事にありつける幸運な人であれば、翌日もやはりご飯が食べられることが見込めた。これとは対照的に、古代の狩猟採集民は、平素から何十種類もの食べ物を口にしていた。農民の古代の祖先である狩猟採集民は、朝食にはさまざまなベリーやキノコを食べ、昼食には果物やカタツムリ、カメを食べ、夕食にはウサギのステーキに野生のタマネギを添えて食べたかもしれない。翌日のメニューは、まったく違っていた可能性がある。このような多様性のおかげで、古代の狩猟採集民は必要な栄養素をすべて確実に摂取することができた。
 そのうえ彼らは、何であれ単一の種類の食べ物に頼っていなかったので、特定の食物が手に入らなくなっても、あまり困らなかった。農耕社会は、旱魃や火災、地震などでその年の稲やジャガイモなどの作物が台無しになれば、飢饉で散々な目に遭った。狩猟採集社会も自然災害と無縁とはおよそ言い難く、ときおり食物の不足や飢えに苦しめられたが、たいていはそうした災難にも農耕社会よりは楽に対処できた。主な食料の一部が手に入らなくなったら、他のものを採集したり狩ったりできたし、あまり災害の影響が及んでいない地域に移ることもできた。
引用元: サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福

「お客さんには安い値段で腹いっぱい食わせてあげたい」という故山岸一雄イズムをフル堪能するなら東池袋大勝軒本店に行くしかない。

 そう、軟弱かつ惰弱な現代人に許された栄養価の低く、健康に大してよくもないもので、とにかく腹を満腹にするという贅沢を堪能できるのはラーメンを他においてないのだ。その中でも大勝軒の中華そばの《大盛》は無類。ボクはいくらすすってもなくならない卵麺をすすり続けた。800グラムの卵麺を食うのはフードファイターでもなんでもないボクにとってはただの、苦行だった。しかし、それはなにも考えずに《大盛》を頼んでしまったのはボクの手違いである。自ら犯した過ちの尻拭いを自らするのは紳士淑女の当然できて当たり前の嗜みというわけだ。そしてこの800グラムの麺からは故山岸一雄さんの「お客さんには安い値段で腹いっぱい食わせてあげたい」というイズム、真心がひしひしと伝わってくるのだ。残すわけには、いかない。負けられない戦いがそこにはあった。フードロスを批判するボクがフードロスする選択肢はなかった(関連記事:参照*1)。

 ゆでたまごの大きさから如何に麺の量が尋常でないかを感じてもらうことが出来るのではないだろうか。ボクは麺を平らげるのが精一杯だったがなんとか残すことはしないで済んだ。

 もともとボクはラーメンのスープを飲み干すといったことはしない信条であるわけだが、このときに限っては麺だけで胃袋が完全に満たされてしまった。麺800グラムで胃袋は満たされ、故山岸一雄さんの「お客さんには安い値段で腹いっぱい食わせてあげたい」で心が満たされた。また心と胃袋を大勝軒故山岸一雄さんの気持ちで満たしたくなったならば、ボクは、大勝軒へこよう。

 大勝軒には他のラーメン店からは喪失されてしまったラーメンの在り方が健在であった。「お客さんには安い値段で腹いっぱい食わせてあげたい」という気持ちのこもった《らーめん》が食いたくなったとき、ボクはまた大勝軒に行きたいと思う。

お題「復習らーめん。」によせて書いたよ。)

*1:寿司のシャリは残さないがラーメンスープは残す。