#ほぼにちらーめん

プロのラーメン断食家であるボク,らーめ人間Zが可能な限り毎日タンタンとメンタルしっかり政治・経済・社会・技術の垣根なく知らなかったことを知るために書いているただの日記ブログ.よろしくね,ピース.ほぼ日刊イトイ新聞とは無関係.写真をはじめとした皆あまねく全てのコンテンツの無断転載はお断り!

いともたやすく行われた「就職氷河期世代」の「人生再設計第一世代」へのえげつない名称変更を受けて断つ。

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 ごきげんよう,読者諸賢.ボクはらーめ人間Z.ラ王真贋の遣い手にしてラーメーン視点からでないとブログが書けないまともないヒューメンだ.
 
 ラーメーンを愛し健康を愛し,そして何よりも平和を愛するボクは,ラーメーンと睡運瞑菜350g,そして核廃絶運動のアウフヘーベンの途中のエラーで世界週末時計の時計の針が過去最大にもどるまで,つまりは世界が平和になったと断言できるまで,外でラーメンを食わない超ラーメンハンガーストライキ2と言うナンだかよくわからんラーメン断食を超えたラーメン断食をさらに超えたラーメン断食の人造人間,つまりはホムンクルスとして異世界転生していた.早くラーメーン食べたい.
 
 外でラーメン食うに食えない誓約とはてなブックマークしたくてもすることができない制約をもって異世界転生したボクは丸1年を超えて現在進行形でラーメン断食続ける底抜けの阿呆,つまりはプロのラーメン断食家,二つ名は「戦えラーメンマン」である.

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いともたやすく行われた「就職氷河期世代」の「人生再設計第一世代」へのえげつない名称変更を受けて断つ.

 2019年4月10日に行われた第5回経済財政諮問会議において就職氷河期世代が「人生再設計第一世代」に名称変更されたと話題になっている.今夏に約3年間で集中的な支援を行うためのプログラム案の作成を検討するのだという.

 記事によれば就職氷河期世代とは「バブル崩壊後に卒業期を迎えた人たちを指し今の30代半ばから40代半ばの約1,700万人がこれにあたる。当時就職できず今でも無職や非正規雇用である人も多い」とのことである.

 ちなみにこの定義によれば30代半ばを仮に35歳とするならば,35歳のメンが現役で大学合格して現役で大学を卒業したとしたら2006年(平成18年)3月に卒業していることになるので就職氷河期とはバブル崩壊の1991年(平成3年)3月から2006年(平成18年)3月くらいまでってことになるのだけれど,そうすると30代半ばを35歳,40代半ばを45歳とするならばその期間は「10年」なのにも関わらず,バブル崩壊の1991年(平成3年)3月から30代半ばを35歳のメンメンが就職活動を終わらせたであろう2006年(平成18年)3月までだと期間が「15年」になってしまい計算が合わなくなってしまうものなのである.

 というかボクの記憶する限り日本ではリーマンショックと呼ばれているサブプライム住宅ローン問題を発端とした全世界的な経済危機が起きたのが2007年末から2009年頃であるので就職氷河期って2006年では終わってなくて「もっとそもそも長いんじゃね?」ともボクは思うものなのである.

 ボクの感覚でいうと就職氷河期と呼ばれていたものが終わって日本の雇用環境が売り手市場と呼ばれるようになったのは本当にごく最近で2014年とか2015年からだったと思っている.

 つまりあくまでこれはボクの見解ではあるのだけれど,途中多少の改善はみられたのかもしれないけれど就職氷河期とはバブル崩壊の1991年(平成3年)3月からつい最近の人手不足,売り手市場と呼ばれるようになるまでの2015年くらいまでになるのではないんですかね?ということなのである.

 ちなみにもし仮にボクのこの見解が正しいとするならば実に24年の永きに渡って平成は失われていたということになるわけなのだ.そして来る10連休ゴールデンウィークで幕を閉じる平成は30年ちょいということになるわけなので,30年の歴史のうちの24年を失っていた,30年の歴史のうちの24年をロストしていた平成はその絶対敵全体としての歴史の約8割を失っていたことになり「平成ってそもそも存在していたと言えるのですかね...」といったどーでもいい素朴なクエスチョンが浮かんでくるものである.

 なにもなかった時代,それが平成という時代であることにあまりボクは違和感を感じないものであるので「平成はそもそも存在していなかった」と言われても結構すんなりと受け入れられるものである.ボクらは一体存在していたと言えるのであろうか.存在の証明をするほどむつかしいことはない.悪魔の証明は困難である.というわけでボクはこのむつかしい問題を考えることをこのあたりで潔く諦めることにしたい.

 立派な大人のジェントルメンとは潔いものである.ボクは損失を抱えたらきちんとロスカットルールに従って潔くロスカットすることによってさらなる損失の幅を広げることをしないことができるタンタンとメンタルしっかりとした強メンタルのタンタンメンである.ボクはサンクコストを潔くきることのできるメンである.つまりボクは立派なジェントルメンであるというわけだ.

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 閑話休題.

 では以降より本稿の本題として「就職氷河期世代」が「人生再設計第一世代」に名称変更されたというなんだかよくわからないことに関してボクが思ったことを3つくらいの論点で書き留めておいてみようかなと思うものである.

(1)世代でレッテルを貼るナンセンス.

 ボクは売り手市場と言われ始めたついここ数年,仮に2015年から売り手市場となったとするならば立派な社会人になって5年も立たない若輩者ではないのでまさに「就職氷河期」の24年の永きに渡る期間の中で立派な社会人の仲間入りをした筋金入りの「就職氷河期世代」である.

 しかしそういった世代でもってレッテルをはるのは学術的な研究の中において世代ごとにクラスタリングしたほうがナニカ興味深い発見があった際にすればよいことである.あくまで絶対的全体としての「ボク」は「ボク」なのであり「就職氷河期世代」は「ボク」ではないのである.なのでボクは「就職氷河期世代」ではないものであるとボクは思っている.

 なによりボクは不断の努力によりタンタンとメンタルしっかりそのとき時の時流にあわせて学び直しをすることの必要性を常日頃から感じながら,時代の激流に流されてしまわぬよう,常にドコカに必死で食らいつくことによって生き延びてきたものである.

 なので仮に就職氷河期が24年の永きに渡るものであったとして,ボクがその24年の永きに渡る就職氷河期の時代のドコカで社会人としてデビューしてから,ボクは一度たりとも社会からドロップアウトしたことはないのである.ちなみにボクはこれを「運が良かったから」などというようには考えてはいない.ボクは仮にナニカの不運で会社をクビチョンパされることがあったとしてもスグに社会復帰できるようにきっと努力をしていたことであろう.

 そもそも就職氷河期であろうとなかろうとこの世界は基本的には弱肉強食であり,生き馬の目を抜くくらいの強いメンタルを持っていなければ生き抜くことはかなわないのである.もしかしたらとても幸運な人間というものがいてたまたま長い不況の時代もボーッと生きていても社会人として自活できてきた人がいたのかもしれないが,ボクは少なくともそんなボーッと生きていたならばきっと今頃は生きてはいなかっただろうと思うものである.

(2)そもそも人生再設計というか学び直しするの当たり前じゃね?

 そもそものそもそもとして「人生再設計」という言葉があまりボクはピンとこないわけなのだけれど,少なからず「人生100年時代」「生涯現役社会」といったことが叫ばれている昨今において,そもそも今の現役世代がこれまでの団塊世代のように60歳でハッピー・リタイアメントして年金マネーで悠々自適に老後ライフをエンジョイできるとおもっているメンメンお歴々がどれだけいらっしゃるのであろうか?

 ボクはそもそも年金のシステムなどというものはいつ破綻してもおかしくないと思っているし,そんな年金システムがアッチョンブリケと破綻した暁には当然ながらボクはハッピー・リタイアメントどころかそもそもリタイアメントそのものができない「生涯現役」を貫かなければならなくなると思っている.ボクは別に働くのはまったく好きではないし,むしろ働かないで生きていける世界,タンタンとメンタルしっかり毎日ラジオ体操とみんなで筋肉体操でマッソーをパンッパンに追い込んでいるだけで「キツイケドツラクネー」「ツライケドタノシー」毎日を暮らすことができたらなにもいうことはないものである.そもそも外の世界は危険であり,ウチなるインナーワールドの内面的な拡張に無限に興じることでハッピーに暮らしていける世界があったならばボクはそれを極楽と呼ぶだろう.しかし世の中そんなに甘くはないのである.

 生涯現役を貫くためには全く別にそんなことはボクだってやりたくはないのだけれど,資産運用と学び直しが不可欠である.働くことで稼いだマネーを資産運用し,そして運用したマネーで学び直し,そして学び直して得たスキルでもってさらにマネーを稼いで,稼いだマネーをさらに資産運用するのである.

 このあたりのたいへんに生きるのがツラくなりそうなお話はボクがムニャムニャと説明するよりも下記のライフシフトにキビシー論調で書かれているのでご興味のあるメンメンは読んでみたらよろしいかと思う.

(3)「人生再設計第一世代」で暴露されてしまったのは人生はアジャイル開発だったという不都合なリアル.

 そして最後の3つ目の「人生再設計第一世代」に関してボクが思った感想は,ボクがツイッターやブログを拝読するのを楽しみにしているココロ社さんの上記のツイートにインスパイアされて思ったことである.

 まずそもそもボクが思うに人生というものは1度失敗したら,1度ナニカに負けてしまったらそこでオシマイの春のセンバツや夏の甲子園のようなトーナメント戦ではない.人生などというものはダレカに渡された設計図を納期から逆引きされて設計図通りの完成品を納品するようななんだかよくわからないウォーターフォール型のなんだかよくわからないムニャムニャではないものなのである.

 一体いつからボクらは負けられない受験戦争の勝者がそのあとの人生の勝者で在り続けると錯覚していたというのか?

 多くのヒューメンが100歳まで生きることを余儀なくされてしまったこのイカれた世界においてその1/5にも満たない18歳くらいでその後の人生の全ての勝敗を決められてしまう世界,ボクはそれをインフェルノと呼ぶ.

 むしろ人生などというものは走りながら設計図を書いては直し書いては直し,あっちへ右往左往,こっちへ右往左往しながらズンズンと前へと進んでいくものである.たとえそれによって目の前にあるのが崖だったとしてもその時はピボットよろしく迂回して向こう岸へ行くための道が見つかるまで回り道したってよいし,むりやりその崖を橋をかけて向こう岸へ向かおうとしたっていいし,もしやれるっていうのならなんならジャンプして飛び越えたっていいのだ.人生はウォーターフォール開発ではなくむしろアジャイル開発だったということなのである.

 というわけで「人生再設計第一世代」で暴露されてしまったのは人生はアジャイル開発だったという不都合なリアルだったというわけだ.

 ボクらは死ぬまで何度でも社会に出ては自らが知らないことを知り,知らないことを知ることによってさらなる自分の伸びしろがもっとあることを知り,その知らないことを知るために学び直し,学び直したことを活かすために再度社会に出てまた自らが知らないことを知るという無限ループを死ぬまで繰り返さなければならないのだ.

 幸いなことにボクの場合はボクが知らないことを知ることをそれなりにタノシーと思えるヒューメンであり,その知らないことを自らの伸びしろと考えることのできる強メンタルのタンタンメンでもある.そして自らが知らないところを知る行為,いともたやすく行われる学び直し行為に政府が助成をしてくれるというならばどんとこい超常現象である.ボクはその機会をあますところなく前のめりで徴収させていただくことであろう.

 ちなみにこんなストロングワールドでは生き延びることが困難な人びとがいることもボクは存じ上げている.8050問題などはたいへんに深刻な社会問題であろう.ボクがいくら強いとは言っても死ぬギリッギリまで強いとは限らない.強きを活かし弱きを助けるそんなココロに愛のあるスーパーヒーローのようなヤサシー世界を構築する,そんな社会政策がクールでビューティホーハーモニーな世界,令和時代のウツクシー国ニッポンには必要なのではあるまいか.

ーー以上である.

 絶対的全体としての世界における弱者が救われるためには働けるものは命の灯火が潰えるギリッギリまで働くしかない.

 生涯現役社会とはそんなストロングワールドなのである.甘えは許されない.強きものは戦い続けなければならない.

 しかし果たしてそんな強きものたちが「モーホントーニダメダー」となったときにそこはかとなくヤサシー救いの手が差し伸べられる世界,戦いに戦い抜いた戦士たちには安らかな休息の時間が最後の最後には与えられる世界,ボクはそんな世界を願って止まない.

 最後くらいは誰だってなにも不安なくイキたいはずだ.少なくともボクは最後くらいはなんの不安もない状態でイキたいものなのである.

 それではまた会おう!さらばだ諸賢!!

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参考.
何年生まれかでナニカを調べるためのサイト.
就職氷河期とはそもそもいつからいつまでなのかをウィキペディアで調べる.
人生再設計第一世代に関連する記事で拝読させていただいたなかで「ナルヘソナー」と思った記事.

《アイキャッチはLIFE SHIFT(ライフ・シフト)の表紙./本稿はお題「最近気になったニュース」によせて書きました.》