#ほぼ日らーめん

#ほぼにちらーめん

らーめ人間Z。がほぼ日刊でらーめんについて綴るただの日記。文体ときどきフミコフミオインスパイア。食べたラーメンの記録、訪問店の感想だけでなく、ラーメン関連のイベント、キャンペーンの情報などもシェアしていくよ。よろしくね。ピース。ほぼ日刊イトイ新聞とは関係ありません。写真をはじめとしたすべてのコンテンツの無断転載はお断り!

すべての道はハンドスピナーに通ず。

スポンサーリンク


 ボクはらーめ人間Z。らーめん視点から出ないとブログが書けないときがあるまともない人間だ。平和祈願のラーメンハンガーストライキへと昇華したラーメン断食を100日超えて続けているボクは、プロのラーメン断食家だ。日々ボクの皺深き脳の谷間のインスタ四畳半空間に籠城していらっしゃる喫煙、二日酔い、胃のもたれを後悔し続けるラーメン神がボクの「ラーメン食いたい」を「ラーメン食いたくない」にし続けている。妥協はせず、ボクはボクの心が「ラーメン食いたい」と叫んでいるラーメンを探し続けよう。早くまとも人間になりたい。

すべての道はハンドスピナーに通ず。

 ところで先日、ボクが勝手に文章の師匠として押しかけ弟子入りしているフミコ・フミオさんが上述のようなツイートをしていた。「ストレスを感じないようにコントロールすること」というのはブログに限らずナニかを継続する上で汎用性の高い技術であるのではないかとボクは思った。

 しかし、「ストレスを感じないようにコントロールすること」を実現する具体的な技術とはどんなものであろうか。フミオさんの当該ツイートだけではボクはよく分からなかった。だからボクは意を決してフミオさんに尋ねてみた。「なるほど。つまりハンドスピナーというわけであるわけですね? 」と。最近のフミオさんはハンドスピナーにご執心である。もしかしたら、ハンドスピナーこそがすべての鍵ではないかとボクは思ったのだ。

 すると即座にフミオさんは答えてくれた。「すべて、ハンドスピナーに通じますな。 」と。やっぱりそうでしたか。ボクら師弟の会話はいつも短い。短くても通じるからだ。ボクにはこのときすべてよくわかった。ラーメン食いたくなったら、ハンドスピナー回せばよかったのだと。

 そんなわけでボクはハンドスピナーを手に入れることにしたわけだが、改めてハンドスピナーを買ってみようとすると、その種類の多さに驚いた。子どものオモチャのようなものから大人のオモチャのようなものまで、価格も数百円から数千円まで一体どれにキメたらいいのか、さっぱりキメられない。。

ハンドスピナーを回すとラーメン食いたいが吸い取られる。

 ハンドスピナーをネット通販で買おうとすると、種類の多さと価格の幅に惑わされてしまい、どれを買うかキメることができない。だからボクはたまたま出先で通りがかったヴィレッジ・ヴァンガードで平積みされているハンドスピナーを買うことにした。ボクは結局ベーシックなハンドスピナーを購入した(それですら、光るものやら大人のオモチャのような形状をしているモノまであったので、ここでも迷うことにはなったわけだが、お店なら選べるモノに限りがあるのが幸いした)。

 そして、今、ボクはラーメン食いたくなったらハンドスピナーを回している。気がつくと延々と回している。なんという危険なアイテムであろうか。回せば回すほど感じる虚無感は一体なんなのであろうか。ボクの「ラーメン食いたい」がハンドスピナーに吸い取られ、ドコかを通じてそこかしこのインスタ四畳半空間へと流れ出ていっているのかもしれない。気づかぬうちにラーメン神を強力にしていたのは、ボクだったというのか?!

(アイキャッチはハンドスピナーを回す男の子のイラスト。ハンドスピナーを回していると本当に虚無感を感じるようになる。実際にナニかを吸い取られている気がしてならない。そして、そのハンドスピナーによって吸い取られたナニかは一体ドコへ通じているのだろうか。謎である。お題「ボクがフミコ・フミオから学んだたくさんのこと(敬称略)。」によせて書きました。)