#ほぼにちらーめん

プロのラーメン断食家であるボク,らーめ人間Zが可能な限り毎日タンタンとメンタルしっかり政治・経済・社会・技術の垣根なく知らなかったことを知るために書いているただの日記ブログ.よろしくね,ピース.ほぼ日刊イトイ新聞とは無関係.写真をはじめとした皆あまねく全てのコンテンツの無断転載はお断り!

無料の牛丼に一時間並ぶ人たちをディスるのはムダである。ナゼなら日本人が行列に並ぶのは趣味だからである。

 ごきげんよう、読者諸賢。ボクはらーめ人間Z。ラ王真贋の使い手にしてラーメーン視点からでないとブログが書けないまともない人間だ。
 
 ラーメーンを愛し健康を愛し、そして何よりも平和を愛するボクは、ラーメーンと睡運瞑菜350g、そして核廃絶運動のアウフヘーベンの途中のエラーで世界週末時計の時計の針が過去最大にもどるまで、つまりは世界が平和になったと断言できるまで、外でラーメンを食わない超ラーメンハンガーストライキ2と言うナンだかよくわからんラーメン断食を超えたラーメン断食をさらに超えたラーメン断食の人造人間、つまりはホムンクルスとして異世界転生していた。早くラーメーン食べたい(関連記事:参照*1参照*2
 
 外でラーメン食うに食えない誓約と制約をもって異世界転生したボクは300日超えて現在進行形でラーメン断食続ける底抜けの阿呆、つまりはプロのラーメン断食家、二つ名は「戦えラーメンマン」である。

無料の牛丼に一時間並ぶ人たちをディスるのはムダである。ナゼなら日本人が行列に並ぶのは趣味だからである。

 読者諸賢は「行列」というものをご存じだろうか?行列を知らない諸賢のためにインターネッツからの英知を引用し説明すると、行列とは「 多人数が順序よく並んだ列。また、そういう列を作って進み行くこと。」であるという。この説明を読んでいると順序よくならんでいる行列というものを見たことがないような気がしてしまいボクはモシャモシャしてきそうになるのだが、そこは立派なオトナらしくモシャモシャしそうになる衝動を耐えようと思う。とにかく行列とは「多人数が列をなして進みゆく」ものであるということである。

 余談だがニッポン人の中には行列が趣味であるというオモチロオカチイ人びとが存在するという。ボクなどは行列ほど並びたくないモノはないと思うものだが、そういう行列に並ぶのが趣味であるというタイヘンによい趣味をもった人びとには「機会費用」といったことを説明するのは野暮であるらしい。だからボクは行列に並ぶのが趣味な人びとを見かけたら「もっと生産性のある趣味を探せばよいのに。」と心の中で思うかもしれないが言葉には出さないように気をつけている。

 余談の余談だが4時間もの長き行列をつくってしまう意識他界ラーメン店店主、松戸にその拠点を構える中華蕎麦とみ田の○○さんに行列ができる理由を尋ねると「バカを魅了デキるのはバカだけ。」という行列に並ぶ人間とはバカであり、そんな行列をつくりだしてしまう自らもバカであるというナンだかよくわからん口上を述べられてしまうので、賢明なる諸賢はバカにバカ認定されたくないのであれば行列に並ぶなどというバカをしないように気をつけてもらいたい(関連記事:参考*3

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 閑話休題。先日、ソフトバンクユーザーが無料の吉野家の牛丼一杯食せるよと言われたら一杯の牛丼食すのに1時間の行列がデキてしまい、後日吉野家がソフトバンクユーザーに謝罪するというナンだかよくわからんことが起きた。

 ソフトバンクユーザーにミスタードーナツのドーナツを1個無料でプレゼントするよということがあった際にも同様のことが起きていたような気がするのだが、たしかに意識他界ラーメン店店主、松戸の中華蕎麦とみ田の○○さんの「バカを魅了デキるのはバカだけ。」の構図通りになっており、まさにイイエテミョーである。

 ソフトバンク(バカ)がユーザー(バカ)を魅了してミスタードーナツや吉野家に並ばせているというわけだ。

 そもそもはソフトバンク、ソフトバンクユーザー、そしてソフトバンクのキャンペーンのスポンサーがウィンウィンウィンの関係になることを見越してこのようなミスドのドーナツ一個無料券やら吉野家の牛丼一杯無料券を配布しているのくらいボクにだってわかる。

 しかし、ソフトバンクもソフトバンクのキャンペーンのスポンサーも、そしてソフトバンクのキャンペーンに便乗しようとするユーザーも、全員が全員そろいも揃ってバカであるので、一杯の牛丼ないし1個のドーナツのために長時間待つことになる行列に並ぶというナンだかよくわからんことが起きてしまうのである。

 もちろん前述したとおりニッポン人の中には行列に並ぶのが趣味というタイヘンに趣味のよい趣味を持っているバカもいるようなので、ソフトバンクのキャンペーンで行列がデキることは不可避であると言えるのかもしれない。

 ボクはそんな「バカに魅了されたバカ」を遠い目をしてインターネッツの窓のこちら側から見ている分にはオモチロオカチイと思えるものだが、あえて躍るバカに観るバカ、同じバカなら踊らな孫正義とは思わないので潔くソフトバンクのキャンペーンでミスタードーナツや吉野家の行列に並ぶというバカをすることを諦めた。つかそもそもボクはソフトバンクユーザーではないのでそんなキャンペーンに参加しようにも参加することがデキない。

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無料の牛丼に一時間並ばせないためにどうしたらよいのか?

 ちなみにソフトバンクがどのようなキャンペーンをうったらソフトバンク、ソフトバンクユーザー、そしてキャンペーンのスポンサーがウィンウィンウィンになれるかと言えば「スポンサーの発売している物品を贈る」「スポンサーの提供しているオンラインのサービスを無料でつかえるクーポンを発行する」などが考えられると思うのだが、それらで必ずしもウィンウィンウィンになれるかと聞かれたならばボクは「それはケースバイケースでしょうね。ウィンウィンウィンになれるかどうかはちょっとボクにはわかりません。つか補償はデキません。」とこたえるだろう。

 とりあえず読者諸賢におかれましてはバカに魅了されてバカ認定されてしまうといったような愚行、つまりは待ち時間がテーマパークのアトラクション並み、もしくはそれを超えるような行列に並ぶというような愚行に手を染めるようなことがなきようご注意いただきたい。しかし、行列に並ぶのが趣味な人はどうぞ行列に並ぶとがよろしかろう。

 それではまた会おう。さらばだ、諸賢!

(アイキャッチは牛丼のイラスト。ボクに言わせれば牛丼、ドーナツ、そしてなによりラーメーンは待ち時間ゼロ、ストロングゼロで食すことがデキてはじめて無類なのであって何時間も行列に並んで食すような食い物ではないのである。そしてそんなナンだかよくわからん行列をつくれる理由を聞かれたら「バカを魅了できるのはバカだけ。」といったことを答えてしまう意識高いラーメン店店主は腐れ外道かつド阿呆である。/本稿はお題「最近気になったニュース」によせて書きました。)

*1:世界終末時計が過去最短に。ボクは世界が平和になるまで外でラーメンを食わない!

*2:ボクはザ・ラーメンのことをラーメーンと呼ぶことにした。

*3:映画「ラーメン侍」は大作。あまねくラーメン映画は例外なく大作になると言っても過言ではない。

「コインチェック、仮想通貨580億円消失」を受けて仮想通貨バブル崩壊までに起こりうることを予想する。

 ごきげんよう、読者諸賢。ボクはらーめ人間Z。らーめん視点からでないとブログが書けないまともない人間だ。

 ラーメンを愛し健康を愛し、そして何よりも平和を愛するボクは、ラーメンと睡運瞑菜350g、そして核廃絶運動のアウフヘーベンの途中のエラーでキタチョーのロケットマンが核を放棄するまで、ついでにおまけでコリーアが従軍慰安婦問題に関してニッポンを不可逆に許すまで外でラーメンを食わない超ラーメンハンガーストライキと言うナンだかよくわからんラーメン断食を超えたラーメン断食の人造人間、つまりはホムンクルスとして異世界転生していた。早くラーメーン食べたい(関連記事:参照*1参照*2

 ラーメン食うに食えない誓約と制約をもって異世界転生したボクは280日超えて現在進行形でラーメン断食続ける底抜けの阿呆、つまりはプロのラーメン断食家である。

「コインチェック、仮想通貨580億円消失」を受けて仮想通貨バブル崩壊までに起こりうることを予想する。

 先日、仮想通貨取引所大手のコインチェックにおいて顧客から預かる約580億円分の仮想通貨「NEM(ネム)」が流出するという問題が起きた。

 日本経済新聞によれば「26日未明に不正アクセスにより、顧客から預かるほぼ全てのNEMが流出。午後には全ての仮想通貨と日本円の出金を停止し、ビットコイン以外の仮想通貨の売買も中止した。」という。

 なぜ「顧客から預かるほぼ全てのNEMが流出」してしまったかについては他の日本経済新聞の記事によれば以下に引用するとおりであるらしい。

『コインチェックがNEMを流出させた原因の一つが、ネットワークに常時接続している「ホットウォレット」での管理だった。ネットから隔離した「コールドウォレット」で管理していれば不正アクセスを防げたが「技術的な難しさと人材不足から対応できていなかった」(コインチェックの和田晃一良社長)。』

『コインチェックは別のシステム上の管理体制も怠っていた。仮想通貨には秘密鍵と呼ぶ暗証コードがあるが、これだけでは外部のハッキングで破られる恐れがある。このため取引所は「マルチシグ」と呼ぶ仕組みを取り入れており、秘密鍵を複数に分割して別々に管理。ハッキングの難易度を高め、盗難の可能性を減らすようにしている。しかしコインチェックはNEMでその仕組みを採用していなかった。』

引用元:https://www.nikkei.com/article/DGKKZO26239430X20C18A1EA2000/

 そもそもNEMとはなにかについても日本経済新聞によると下記のとおりである。

『Q NEMとはどんな仮想通貨なのか。

 A 「New Economy Movement(新しい経済運動)」の略称だ。金銭的な自由、分散化、平等などの原則に基づいて新しい経済圏の創出を目指す仮想通貨のプロジェクトで、2015年3月末に公開された。日本ではコインチェックのほか、テックビューロ(大阪市)とXtheta(シータ、同)が扱っている。

 単位は「XEM(ゼム)」。総発行量は約90億XEMで約1600人の投資家に均等に配分された。新規発行という仕組みがないのがビットコインとの大きな違いだ。』

引用元: https://www.nikkei.com/article/DGKKZO26241870Y8A120C1EA2000/

 ふむ。ナンだかよくわからない。これらの記事を書いてる記者も自らが書いている記事の内容を理解して書いているのだろうか。幸いにもボクはまだ仮想通貨(以降火葬通過と表記)ギャンブルには手を出していなかったので、今回の問題の被害者となることはなかった。

 ナニよりボクはラーメン断食家である。ラーメン断食家のボクはボク自身ナンだかよくわからんと思っているものには手を出さない。ボクにとってのナンだかよくわからんの筆頭に挙げられるものは普段からボクがナンだかよくわからんムニャムニャと呼んでいる意識他界ラーメンである。

 意識他界ラーメンはナンだかよくわからんムニャムニャである。ナンだかよくわからんムニャムニャだから意識他界ラーメンであると言っても過言ではない。意識他界ラーメンの先駆けは故Minoru Sanoの「客との真剣勝負。」から生み出されたナンだかよくわからんムニャムニャであったと言われているがその真偽たるや定かでない。

 その後、故Minoru Sanoの「客との真剣勝負。」から生み出されたナンだかよくわからんムニャムニャはあちこちに分裂し、火葬通過になぞらえるなら草ナンだかよくわからんムニャムニャが誕生した。草ナンだかよくわからんムニャムニャがさらに分裂し草草ナンだかよくわからんムニャムニャとなり、さらに分裂して草草草ナンだかよくわからんムニャムニャとなった。さらにどんどん分裂し億千万という大草原不可避となったナンだかよくわからんムニャムニャはボクの理解の範疇を遥かに凌駕するナンだかよくわからんムニャムニャになってしまったのである。

 ボクはボク自身の理解の範疇を超えてしまったナンだかよくわからんムニャムニャがナンなのかもはやよくわからない。意識他界ラーメンを食すとナンだかよくわからんムニャムニャとの真剣勝負を求められてしまうのである。食すたびに大草原不可避なナンだかよくわからんムニャムニャとの真剣勝負をしていたのでは体力が持たない。そこで行き着いたのがラーメン断食なのである。ボクはボク自身の理解の範疇を超えてしまったナンだかよくわからんムニャムニャには真剣勝負を挑まない。

 一方でナンだかよくわかるものとの真剣勝負を挑むのはイージーゲームである。逆にナンだかよくわからんムニャムニャとの真剣勝負はこちらがマネーも精神も疲弊するのみであり、その真剣勝負にナンの意味があるのかすらよくわからない。

 たまたまボクの場合は意識他界ラーメンがナンだかよくわからんムニャムニャであったため意識他界ラーメンに手をだすのをやめたのであるが、火葬通過ギャンブルについても同じ理屈で手を出さないでいたのだ。

 ボクは暗号通貨についてはタイヘンにスバラチイものであると思っている。

 暗号通貨を支える技術にも興味がある。暗号通貨の仕組みを使えばデキると言われていること「決済の手軽さ*3や送金手数料の安さ」はタイヘンに魅力的である。

 火葬通過ギャンブルはボクにはナンだかよくわからない。草コインと呼ばれている火葬通過は「決済手段としてまずつかえない」上に「送金手数料が安いとはかぎらない」からだ。さらに今回のコインチェックの事件のようにセキュリティ対策が十分でない仮想通貨取引所大手から火葬通過が流出してしまうのでは安心して取引などデキたものではない。まさにナニがしたいのかよくわからないと言えよう。    意識他界ラーメンというナンだかよくわからんムニャムニャを容赦なく立ち続けているボクから言わせれば、今回のコインチェック騒動のように火葬通過ギャンブルでオモチロオカチイことになりたくないのであれば、自分自身がよくわかっていないもの、ナンだかよくわからんムニャムニャには手を出すなということである。

 最後に火葬通過バブルについて、ボクが有り得そうだなと思っている崩壊のシナリオを予想しておきたいと思う。

 もし仮に意識他界ラーメン店を経営しているようなどこかの胡散臭い企業が例えば「麺恋ン」だとか「メンコイン」とかいった名称のナンだかよくわからんムニャムニャを火葬通過するといったことを発表したら警戒してほしい。

 ただでさえナンだかよくわからんムニャムニャを創っては客に真剣勝負を挑み「食ってみろ!」している意識他界ラーメン店が「麺恋ン」だとか「メンコイン」といった独自火葬通過を導入したならば、ボクには一体ナニが起きてしまうのか、一寸先の未来すら予想することがデキない。予想できるものがあるとしたら「終末」の二文字しかないと言っても過言ではない。

 人間というものはナンだかよくわかるモノを衣食住するからこそ安心して暮らしていけるのである。ナンだかよくわからんものにコミットしつづけて最後は地獄の業火に焼かれて灰に帰すことも厭わず生きていけるのは根っからのギャンブラーのみである。

 では諸賢、くれぐれも自分自身がナンだかよくわかっていないものについてはムリに手をださないようにしてほしい。しかし、仮に自分自身でもナンだかよくわかってないものに手を出して火葬通過したい諸賢がいたとしても、もちろんそういった判断は諸賢の自由だ。ボクは引き止めはしない。地獄の業火で灰すら残らないほどに焼き尽くされるまで火葬通過をエンジョイしてほしい。

 それではまた会おう。さらばだ、諸賢。

コインチェック騒動に関連して参考にした外部リンク(-2018年1月30日まで)。

 火葬通過でトラブルを起こすと過去に遡って黒歴史をマイニングされてしまうらしい。まったくオソロチイことだ。

コインチェックブログ:
その他外部リンク:

(アイキャッチはインターネットと仮想通貨のイラスト。/本稿はお題「最近気になったニュース」によせて書きました。)

*1:キタチョーのロケットマンが核を放棄するまでボクは外でラーメンを食わない。ついでにおまけでコリーアがニッポンを許すまで外でラーメンを食わない。

*2:ボクはザ* ラーメンのことをラーメーンと呼ぶことにした。

*3:小銭ジャラジャラからの開放、つまりキャッシュレス

「センター設問、ムーミン谷どこ?」に思ったこと。

 ごきげんよう、読者諸賢。ボクはらーめ人間Z。毎週水曜日はボクがはてなブログ編集部が出題するお題に答えてはてなブログを楽しむことにしている日だ。

 今週のお題「受験」。”センター試験で出題された内容などが話題になる受験シーズン。入試会場に向かっている学生を見かけると、思わず心の中で応援してしまいます。おすすめの勉強法から、本番に緊張しないための裏技、現在挑戦中の資格試験まで、あなたの「受験」に関するお話を聞かせてください。皆さまのご応募、お待ちしております。”とのことである。

 改めまして自己紹介。ボクはらーめ人間Z。らーめん視点からでないとブログが書けないまともない人間だ。

 ラーメンを愛し健康を愛し、そして何よりも平和を愛するボクは、ラーメンと睡運瞑菜350g、そして核廃絶運動のアウフヘーベンの途中のエラーでキタチョーのロケットマンが核を放棄するまで、ついでにおまけでコリーアが従軍慰安婦問題に関してニッポンを不可逆に許すまで外でラーメンを食わない超ラーメンハンガーストライキと言うナンだかよくわからんラーメン断食を超えたラーメン断食の人造人間、つまりはホムンクルスとして異世界転生していた。早くラーメーン食べたい(関連記事:参照*1参照*2

 ラーメン食うに食えない誓約と制約をもって異世界転生したボクは280日超えて現在進行形でラーメン断食続ける底抜けの阿呆、つまりはプロのラーメン断食家である。

 今週のお題は正当な便乗をするならばボク自身の「受験」に関するお話を書かなければならないのだろう。しかし、ボク自身の「受験」に関する〇〇年前のモニョモニョを走馬灯のように振り返ってみたところでナンの意味があるのか、ちょっとボクにはよくわからない。救いようのない阿呆な自分の過去のイタイタチイ思い出をポロポロと蒸し返してみたところでボク自身がいたたまれなくなるのがオチであり「gwじょjふぁをいjわ!!」と奇声をあげそうになるのをオトナらしく耐えるナンだかよくわからんムニャムニャになるのは火を見るより明らかであると言えよう。というわけでボクは潔くボク自身の「受験」について今週のお題に便乗することを諦めた。

2018年の大学入試センター試験の地理Bで人気キャラクターのムーミンを取り上げた問題がタイヘンに気になっている。

 むしろボクが今「受験」に関してキョーミがシンシンと雪のように降り積もって止むことがデキないでいるのは、まさにはてなブログ編集部のみなみなさまが触れていた「センター試験で出題された内容などが話題」の大学入試センター試験の地理Bで人気キャラクターのムーミンを取り上げた問題のことである。

 件の問題どのような問題であったのか。賢明なる読者諸賢が知らないはずはないとは思いながらも、まずは念のため日本経済新聞の2018年1月14日の朝刊より引用したい。

2018年センター試験の地理Bのムーミン谷どこ?が問われた設問。
2018年センター試験の地理Bのムーミン谷どこ?が問われた設問。
引用元:日本経済新聞(2018年1月14日付)朝刊。

 この問題、正解は(2)だそうである。ボクはこの問題にチャレンジしてみたのだが不正解だった。つかこんなんわからん。ナニか地理とは関係のないものを別のところで学んでこなければならないような気すらしてしまう。こんな阿呆な問題を創ってしまった責任者にといただしてみたい。責任者はどこか?

 とはいえボクがといただすまでもなくスデに日本経済新聞で話題のセンター試験について大学入試センター試験の担当者含め様々な方々がコメントを寄せていたので引用して紹介したい。

試験問題では「ノルウェーとフィンランドを舞台にしたアニメーション」としてムーミンと「小さなバイキングビッケ」を挙げ、例示した両国の言語との正しい組み合わせを選ぶよう求めた。
古谷大輔准教授(北欧史)は「スウェーデン語系フィンランド人作家がスウェーデン語で書いた一連の物語の舞台は、架空の場所のムーミン谷とされる。フィンランドが舞台だと明示されていない」と指摘。「ビッケもノルウェーが舞台とは断言できない」とし、研究室として、舞台の国を特定した根拠の説明を求める意見書を近く提出する。
古谷准教授は「センター試験の社会的信用を維持するためにも根拠を示してほしい」と話す。
 
同センターの担当者は取材に「意見書の内容を見て対応を検討する」としている。在日フィンランド大使館の広報担当者は「ムーミンが注目されることはうれしい。ムーミン谷は物語を愛する皆さんの心の中にある」とコメント。在日スウェーデン大使館の広報担当者は「北欧が取り上げられ、旅行先として周知されるのは喜ばしい」としている。

引用元:https://www.nikkei.com/article/DGKKZO25694760V10C18A1CR8000/

 この引用によるとそもそも正解とされている(2)は正解ではないようである。緑のタヌキにアウフヘーベンされたときのようなモシャモシャした心地がしてならない。『試験問題では「ノルウェーとフィンランドを舞台にしたアニメーション」としてムーミンと「小さなバイキングビッケ」を挙げ、例示した両国の言語との正しい組み合わせを選ぶよう求めた』らしいのだが、ムーミンに関しては『スウェーデン語系フィンランド人作家がスウェーデン語で書いた一連の物語の舞台は、架空の場所のムーミン谷とされる。フィンランドが舞台だと明示されていない』らしい。また『ビッケもノルウェーが舞台とは断言できない』という。つまり本設問の正解は「選択肢の中にはない。」ということらしい。

 オトナらしくない設問に対して、オトナらしい回答だなとボクが関心したのは在日フィンランド大使館の広報担当者およびの在日スウェーデン大使館の広報担当者の方の本設問に対しての回答であり、いずれの方も北欧が注目されることはヨロコバチイといった主旨のことをコメントされている。また「ムーミン谷は物語を愛する皆さんの心の中にある」というコメントもタイヘンに興味深い。

そもそも地理学ってなんだ?

 閑話休題。ところでそもそも地理とはナンの学問なのであろうか。各々の「心の中にある」所在地不明の創造の産物に思いを馳せる学問なのであろうか。google:地理学 とは でGoogle検索してみると例によって地理学 - Wikipediaに行き着いた。その内容はかなり長いものであったので冒頭部分のみを引用すると次のとおりであるらしい。

地理学(ちりがく、英: geography、仏: géographie、独: Geographie (-fie) または Erdkunde)は、空間ならびに自然と、経済・社会・文化等との関係を対象とする学問の分野。地域や空間、場所、自然環境という物理的存在を対象の中に含むことから、人文科学、社会科学、自然科学のいずれの性格も有する。自然地理学は地球科学の一分野でもある。広範な領域を網羅することから、「地理学と哲学は諸科学の母」と称される。

引用:地理学 - Wikipedia

 これはボクが底抜けの阿呆だからわからんのかもしれないが、ボクには地理学が「地理学と哲学は諸科学の母」と称されるような高尚な学問ではあるということは理解できても、各々の「心の中にある」所在地不明の創造の産物に思いを馳せる学問ではないように思えた。

 もし仮に地理学が各々の「心の中にある」所在地不明の創造の産物に思いを馳せる学問であるならば、ボクが常日頃、提唱しているラーメーン死亡説、つまりはボクがこれぞラーメンだと思っているラーメーンが絶滅に瀕しているということを証明し、ラーメーンがもはや創造の産物でボクらの「心の中」にあればよいものなのか、はたまたどこかのリアルワールドには存在しておりまだまだ食すことが可能な食べ物なのか解き明かしてもらいたい。

 そんな地理学を修めているスバラチイ方がいたならば、ボクは今すぐにでも大学受験をやり直し、地理学の権威に師事することも厭わない。果たして地理学とは各々の「心の中にある」所在地不明の創造の産物に思いを馳せる学問なのか、はたまた否か。ボクの地理学に関する興味は、今タイヘンに高まっていると言えよう。

 それではまたナニか、ボクが地理学について気付きがあったならばしかるのちコウカイしたい。それまでさらばだ諸賢、また会おう。

(大学受験生諸賢にはナンだかよくわからんムニャムニャ、意識他界ラーメンのようなセンター試験の問題で仮に不正解を引き当ててしまったとしてもめげずに本番の試験を頑張って欲しい。ナニより社会に出たら正解のない様々な問題の連続である。正解のない問題しか無いとさえ言っても過言ではない。めげている時間はないのだ。そういったわけでアイキャッチには受験のお守りのイラスト「合格祈願」を設定した。ボクらは草葉の陰よりエールを送っている。検討を祈る!/本稿はお題「最近気になったニュース」によせて書きました。)

*1:キタチョーのロケットマンが核を放棄するまでボクは外でラーメンを食わない。ついでにおまけでコリーアがニッポンを許すまで外でラーメンを食わない。

*2:ボクはザ・ラーメンのことをラーメーンと呼ぶことにした。

「東京五輪の顔は? マスコット最終候補3作、小学生投票」に思ったこと。

 ごきげんよう、読者諸賢。ボクはらーめ人間Z。らーめん視点からでないとブログが書けないまともない人間だ。

 ラーメンを愛し健康を愛し、そして何よりも平和を愛するボクは、ラーメンと睡運瞑菜350g、そして核廃絶運動のアウフヘーベンの途中のエラーでキタチョーのロケットマンがロケットもどきを撃つのをやめるまで外でラーメンを食わないラーメンハンガーストライキと言うナンだかよくわからんラーメン断食の人造人間、つまりはホムンクルスとして異世界転生していた。早くまとも人間になりたい。

 ラーメン食うに食えない誓約と制約をもって異世界転生したボクは200日超えて現在進行形でラーメン断食続ける底抜けの阿呆、つまりはプロのラーメン断食家である。

「東京五輪の顔は? マスコット最終候補3作、小学生投票」に思ったこと。

tokyo2020.jp

 2020年の東京オリンピック、そしてパラリンピックの開催まで残り1,000日を切った。思えば、招致の際にはIOCの幹部に賄賂を送ったであるとか、ロゴを決める際には出来レースがあったであるとか、コンパクトなオリンピックを売りにしていたはずがその実色々とハコモノを建設ラッシュしていたりだとか兎に角タイヘンに透明性の高い意思決定が行われる近代的なオリンピックであるようでボクもタイヘンに3年後のT都(東京のこと)にはイタくないものである。

 閑話休題。先日、そんな東京オリンピックに関連して今度は東京オリンピック大会マスコットの選考が佳境に入ったという。

 実は水面下で大会マスコットの募集、そして選考が行われていたことはボクらは認識していた。新聞の社会欄などで扱いこそは小さかったもののそういったことを行っていることは報道されてはいたのである。

 しかし、少なくともボクが日本経済新聞を読んでいる限りにおいては大会マスコットの募集の開始、大会マスコットの募集の終了、応募された大会マスコットの審査の開始くらいしかわからず、ボク自身、新聞で報道されていた内容以上を掘り下げて確認しようとまでは思っていなかったので、一体どんな応募された大会マスコットの中から最終的に大会マスコットが選ばれるのかは分かっていなかったのである。(ちなみに選考プロセスは確かに東京オリンピックのサイトに公開されているのだが、どんな応募作品があったのか、その応募作品ひとつひとつにどのような審査を誰が行ったのかについてはぱっと見よくわからない(参考:東京2020大会マスコット|東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会)。)

 そして、ボクはてっきりここまで水面下で選考を行っているのであるから最後まで徹頭徹尾水面下で大会マスコットが決定されるのだとばかり思っていた。実際、大会のロゴについては一度物言いがついたのち、ナンだかよくわからんうちに再度選考が行われて決まっていたからである。

 しかし、今回の大会マスコットの最終決定にあたってはナゼだかよくわからんが小学生に決めてもらうという。ボクはこの点にタイヘンにモシャモシャしている。最終的に小学生に大会マスコットを決めてもらうなら、ナゼ最初から小学生に応募作品ひとつひとつに投票してもらって決めようと思わなかったのか。むしろ最初から小学生の投票で決めれば透明性もより高くはなかったか、オカチイではないか。

東京2020大会マスコット最終候補。
東京2020大会マスコット最終候補3作品(引用元:https://tokyo2020.jp/jp/games/mascot/

 ちなみにどういう選考プロセスを経た結果、この候補に絞り込まれたのかはよくわからんが(一応、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のサイトに選考プロセスの模様を録画したというユーチューブ動画はあるのだがそれをみてもサッパリボクには適正に審査が行われたのか否かはよくわからなかった。ボクにわかったのは審査員らしき人物の中に中川翔子さんらしき人物がいるということくらいのものであった。)、小学生たちは上の候補3セットの中から1セットの大会マスコットを決めなくてはならないという。

 ちなみにこの3セットの候補の中の候補(ウ)についてはスデに物議を醸している。キツネなのかネコなのかよくわからんキャラクターが某妖怪ウォッチの某ジバニャンにしか見えないであるとか、タヌキのキャラクターが某Pontaのマスコットキャラクターのタヌキにしか見えないであるとかいった主張をする人びとをボクも散見している。他の2セットの大会マスコット候補もどこかで見たようなキャラクターではあるものだ。大会ロゴの決定の際にパクり疑惑と選考プロセスの不透明さから選考のやり直しをした苦い経験があるだけに東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会もよもやパクリや選考プロセスの不透明さはあるまいと思いたいところであるが、どうにもボクには腑に落ちない。

 パクリ疑惑が再燃しそうな大会マスコットが水面下で選ばれるのか、そしてそんなパクリ疑惑がついてまわりそうな大会マスコットの最終決定を小学生たちに委ねるのか、タイヘンに腑に落ちない。むしろタイヘンにモシャモシャしていると言っても過言ではない。

 穿ちすぎかもしれないが、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が小学生たちに大会マスコットの最終決定を委ねるのに「小学生たちに決めてもらった大会マスコット」というお墨付きを得たいというスケベごころが透けて見えているような気がするのだ。小学生に決めてもらったことで透明性のある選考プロセスであったというお墨付きを得て、かつパクリ疑惑が今後浮上しても最終決定したのは小学生であるという言い訳、つまりはスケープゴートを手に入れようとはしているのではないかとさえ思えてしまう。

 余談ではあるが、小学生投票というのも自治体、学校が事前登録というものをさはなければならないらしく全ての学校に通う小学生が投票できるというわけではなさそうである。このムダなコストは一体だれがマネーを払うのだろうか。

ボクは候補(ウ)が東京五輪マスコットに選ばれると予想する。

 最後に、この大会マスコットの候補の中でボクが小学生だったらどれを選びそうかというのを予想しておこうと思う。正直、パクリっぽいという意味で候補(ウ)をオトナ視点では選びたくないのだが、ボクが小学生だったらとして考えると候補(ウ)を選んでしまいそうである。そういうわけでボクは候補(ウ)が大会マスコットになると予想する

 ボクの予想が当たるか当たらないかはわからない。しかし、ボクはむしろボクの予想がハズレることを期待している。

 小学生投票の期間は「投票期間:2017年12月11日~2018年2月22日」だ。

 東京2020大会マスコット投票結果発表 は2018年2月28日になるという。

 年をまたぐことにはなるがボクはこの投票結果の発表日を記憶しておき、しかるのちボクの予想が御都合主義よろしく候補(ウ)になったかどうかを確認したいと思っている。

 それではまた会おう。さらばだ、諸賢!

(アイキャッチはドーピングのイラスト(無意識)。ロシアの国ぐるみのドーピング問題で平昌五輪ではロシアの国としての参加は認められなくなった。ボクは五輪などというものは結局殺し合いをしないだけの各国の威信をかけたスポーツによる代理戦争に過ぎないと思っている。勝つためにはナンでもやるような国があったとしてもナニもボクは驚かないし、その裏にどんな御都合主義の神様たちが跳梁跋扈、鎮座マシマシていても驚かないことストロングゼロなのである。/本稿はお題「最近気になったニュース」によせて書きました。)

羽生善治さんの前人未到の永世七冠達成の偉業に思ったこと。

 ごきげんよう、読者諸賢。ボクはらーめ人間Z。らーめん視点からでないとブログが書けないまともない人間だ。

 ラーメンを愛し健康を愛し、そして何よりも平和を愛するボクは、ラーメンと睡運瞑菜350g、そして核廃絶運動のアウフヘーベンの途中のエラーでキタチョーのロケットマンがロケットもどきを撃つのをやめるまで外でラーメンを食わないラーメンハンガーストライキと言うナンだかよくわからんラーメン断食の人造人間、つまりはホムンクルスとして異世界転生していた。早くまとも人間になりたい。

 ラーメン食うに食えない誓約と制約をもって異世界転生したボクは200日超えて現在進行形でラーメン断食続ける底抜けの阿呆、つまりはプロのラーメン断食家である。

羽生善治さんの前人未到の永世七冠達成の偉業に思ったこと。

www.nikkei.com

 先日、ボクは上述の羽生善治さんが前人未到の永世七冠を達成されたという記事を読んだ。今年(2017年)は藤井聡太四段のデビューからの快進撃等もあり俄に将棋の話題が沸騰した一年でもあった。年の瀬まで将棋で盛り上がった一年であったと言えよう。

 名誉王座や永世名人などの永世称号は、1つ持つだけでも名棋士といわれる。5連覇や通算10期など棋戦ごとに規定が異なり、原則として引退後に名乗ることができる。
 
 羽生新竜王は1996年、史上初となる七冠独占の偉業を達成。今回の永世竜王獲得で、現行の8大タイトル戦のうち、新設で永世称号規定のない叡王戦を除く7タイトル全てで永世称号を得た。

引用元: https://www.nikkei.com/article/DGKKZO24279970V01C17A2MM8000/

 いかに羽生善治さんの永世七冠達成が偉業であったかは記事引用の上述を参照されたい。ボクは将棋にさほど詳しいわけではないので、より詳しく知りたい方はGoogle検索してみるのがよろしかろう。いかに羽生善治さんの永世七冠が偉業であるかについてはもっとアツく語っているエントリがインターネットの大海に海千山千コウカイされている。そういったアツいエントリをみつけることがデキるはずだ。

www.nikkei.com

 同日の日本経済新聞の社会欄にはもう少し込み入った感想戦終了後の羽生善治さんのコメントが掲載されていたりしていた。ボクはそのコメントに感銘を受けた。なのでそちらの記事からも引用しボクの感銘を受けた箇所を紹介させてもらいたい。

 感想戦終了後に開かれた記者会見では「本質的にはまだ将棋を何もわかっていない。これから強くなれるかわからないが、そういう姿勢で次に向かいたい」と慎重に言葉を選んだ。100期の大台にあと1期と迫った通算タイトルについては「今後も自分なりにいい状態でタイトル戦に臨みたい」と淡々と語った。

引用元: https://www.nikkei.com/article/DGKKZO24307340V01C17A2CR8000/

 ボクが感銘を受けたのは上述の引用の羽生善治さんの記者会見でのコメントだ。勝って兜の緒を締めるとはまさにこういうことであり、前人未到の領域に達して尚、現状に慢心しない姿勢はタイヘンに見習いたいものである。

 そもそもタイトルなど通過点に過ぎないと言わんばかりのタンタンとした語り口もタイヘンによい。タンタンとモノゴトをこなすことができるのはそれだけタイトルに固執していない証拠である。誰かに認めてもらうためにモノゴトをしている人間の所業はみていてミットモナイ。羽生善治さんからはそういったミットモナサをボクはミジンコの陰茎ほども感じないものだ。前人未到の偉業をなせるのもそういったモノゴトに固執しない柔軟な姿勢があるからなのだろう。タイヘンに見習いたいものである。

ラーメン店のタイトルが何なのか知らないが、そんなものを獲得しても異形にはなれても偉業にはならない。

 一方でラーメン俗世では年の瀬のこの時期になると毎年、無冠をボヤく意識他界ラーメン店が雨後の竹の子のように大量発生する。そもそもラーメン店のタイトルってなんだよとボクはモシャモシャし都度都度その意識他界ラーメン店のボヤきを見かけてはツッコミたくなるものだがオトナらしく耐えることにしている。そんな意識他界ラーメン店など存在しないと疑う読者諸賢がいたならばGoogle検索などで調べてみたらよい。しかるのち発見することがデキたとしてもボクにフィードバックは無用である。

 ボクはラーメン店にタイトルもへったくれもないと思っている。そもそもそういった意識他界ラーメン店の言うラーメン店のタイトルとは何を指していっているのだろうか。ミシュランガイドに掲載されることだろうか、あわよくばその星をゲットできることだろうか、はたまたまさかTRYラーメン大賞などとは言うまい。そんな商業主義と御都合主義のカタマリのような時代錯誤のガイドブックやラーメン本で表彰されることが何の偉業になるというのだろうか。ボクに言わせればそんな商業主義と御都合主義の権威から認められて世の中に認知されるのは異形のナンだかよくわからんムニャムニャであるということであり、つまり意識他界ラーメンであるということである。

 商業主義と御都合主義の権威が跳梁跋扈するラーメン俗世においては、そういった権威の妖怪たち(以降毎日ラーメン妖怪と表記)の八面六臂の毎日ラーメンという大活躍により一般人がもはやラーメンとラーメンでないものの区別さえデキなくさせられはじめている。毎日ラーメン妖怪が主張することをボクなりに解釈したことを要約すると「世の中のすべてがラーメン。」ということになる。つまり毎日ラーメン妖怪などというものは食い物はウマけりゃナンでもラーメンなのである。

 しかしボクのようなプロのラーメン断食家に言わせれば世の中の食い物がウマければナンでもラーメンかと言われたら、その答えは否である。ボクはプロのラーメン断食家であると同時に世の中の食い物をラーメンと呼べるものとラーメンと呼べないものに分類する意識他界ラーメン料理研究家でもあるのだ。ボクは適切にラーメンと呼べるものと、ラーメンと呼べないもの、つまりはナンだかよくわからんムニャムニャを区別する。

 そしてナンだかよくわからんムニャムニャ、つまりは意識他界ラーメンに分類した食い物はナンだかよくわからんのでボクは食うことがデキない。ナンだかよくわからんものというものは食って平気なものなのか判別不能だからである。そういう食えるか食えないか安全性がわからないものを敢えて口にするような冒険は不慮の事故などで無人島に取り残されてしまったようなオモチロオカチイシチュエーション、つまりは神様にエンターテインメントを提供せざるを得なくなってしまったような吝かない状況に陥らない限り、ボクは御免被りたいのである。

 ではまた本題に戻ろう。ようは異形としてわざわざ認められたいなどというボヤきをしてしまうような意識他界ラーメン店はボクに言わせればマズいのである。そんな意識他界ラーメン店で食えるものはナンだかよくわからんムニャムニャ以外のナニモノでもない。そんなナンだかよくわからんムニャムニャを食うくらいならナンだかよくわかるナンとカレーを食いにカレーのお店に行ったほうがよほど安全なのである。

 承認欲求でナニかをする人間がやることは大抵ろくでもない結果になるものだ。意識他界ラーメン店主の例で言えば、意識他界ラーメン店主の創るラーメンもどきがナンだかよくわからんムニャムニャにしかならないところからもそれは明明白白である。そんなナンだかよくわからんものを食ってコウカイするくらいなら、ボクはタンタンとラーメンを受けて断つことの方がよほど異議のあることだと思うものだ。

 それではまた会おう。さらばだ諸賢!

(アイキャッチは王手のイラスト(女性)。/本稿はお題「最近気になったニュース」によせて書きました。)

ハロウィンラーメンという名のカボチャラーメンで台風の土砂降りの中を客を集めようとするラーメン店はナニがしたいのだろう。よく分からない。

 ごきげんよう、読者諸賢。ボクはらーめ人間Z。らーめん視点からでないとブログが書けないまともない人間だ。

 ラーメンを愛し健康を愛し、そして何よりも平和を愛するボクは、ラーメンと睡運瞑菜350g、そして核廃絶運動のアウフヘーベンの途中のエラーでキタチョーのロケットマンがロケットもどきを撃つのをやめるまで外でラーメンを食わないラーメンハンガーストライキと言うなんだかよくわからんラーメン断食の人造人間、つまりはホムンクルスとして異世界転生していた。早くまとも人間になりたい。

 ラーメン食うに食えない誓約と制約をもって異世界転生したボクは190日超えて現在進行形でラーメン断食続ける底抜けの阿呆、つまりはプロのラーメン断食家である。

ハロウィンは「10月31日」である。

 閑話休題。今日(2017年10月31日)はハロウィンである。今日(2017年10月31日)がハロウィンだと言っても過言ではない。

 元来日本にハロウィンなどない。クリスマスくらい定着すると違和感もないものであるがハロウィンほどオモチロオカチイくらいに日本に合わないイベントはないと言っても過言ではない。日本で五穀豊穣を祝う秋祭りはそもそもあるのであるからそんなに乱痴気騒ぎがしたいなら地元の氏神様を祀ったお祭りでその痴態をボクは披露すればよかろうと思う。

 しかしボクにどんな異論をのべつ幕なしに述べ散らかそうとも欧米渡来のオモチロイ御都合主義に乗せられたオモチロオカチイ人たちがT都のS駅の有名なスクランブル交差点を右往左往する様はもはやT都の10月31日の風物詩と呼ばれるまでになってしまったことは揺るがしようもない事実である。つラいや。

 しかもどういう御都合主義の働きかけか、もはやT都に住まうオモチロオカチイ魑魅魍魎は10月31日すら待てなくなってしまったようであり、前週のプレミアムフライデーにまでT都のS駅のスクランブル交差点界隈に集結しているようであった。

(ボクはプレミアムフライデーの会社の帰路、S駅でパッションピンクの特攻服に身をやつしたオモチロイレディースを見かけた。そのときボクはそのレディースはてっきりプレミアムフライデーでアタマがプレミアムになっているオモチロイ人たちかと思っていたのだが、どうやらフライングでハロウィンしにきた人たちだったらしい。いつからハロウィンは往年の暴走族の集会になったのだろう。よく分からない。)

 翌2017年10月28日の土曜日には雨ニモマケズ、ハロウィンのコスプレイベントに参加する人びとのオモチロオカチイ痴態が話題になっていた。舞台になったのはT都のブクロだったようだったようである。魚介豚骨ラーメンがそこ一箇所で完結すると言っても過言ではない無類の土地であるブクロもオモチロオカチイ魑魅魍魎の餌食となってしまって陥落したというのでは、ボクはブクロに雨ニモマケズ赴いてみようなどというキモチがミジンコの陰茎ほども湧きだしてこない。

ikebukurocosplay.jp  タダでさせブクロの乙女ロードは度し難く近寄り難い場所であるわけだが、最近はそのテリトリーがサンシャインシティにまでおよんでいる。完全なるワンダーランドである。このオモチロオカチイ迷惑なイベントは一部の人間だけがタノチイだけのように思うのは気のせいだろうか。

 このT都をとりまくオモチロオカチイハロウィンの惨状は一体どうすればよいのか。責任者がいるならば問いタダしたい。責任者はどこか...

...ボクの声は虚しく響き渡るだけだった。

ハロウィンラーメンという名のカボチャラーメンで台風の土砂降りの中を客を集めようとするラーメン店はナニがしたいのだろう。よく分からない。

 一方、商才逞しいラーメン店はハロウィンの便乗商法することに余念がないようである。

 T都の意識他界ラーメン店は2017年10月27日の金曜日あたりから、どこもかしこもハロウィンラーメンという名の実質カボチャラーメンを提供することのアッピールがハゲしかった。

 本来言わんでもいいことであるが、カボチャはラーメンには合わない。カボチャは甘いからだ。中華麺の原材料が小麦であることを考えれば合わせられなくはないだろう。しかしカボチャに合わせたソレはボクから言わせればもはやラーメンではない。

 カボチャが無類の野菜であるということにボクは異論はない。栄養面でもサイコーの食材であると言っても過言ではない。しかし、カボチャはカボチャのまま食うのがボクは好きである。ボクがカボチャを食うならカボチャの煮物がいい。

 ナニ食ってるとわざわざカボチャをラーメンとアウフヘーベンしてみようとかいうオモチロオカチイ発想がわいてくるのかボクにはよく分からない。

 ましてや2017年10月28、29日は台風22号が日本列島を縦断していた。ツイッターのトレンドには土砂降りの四文字が並ぶほどであった。

 ハロウィンラーメンという名のカボチャラーメンで台風の土砂降りの中を客を集めようとするラーメン店に至ってはナニがしたいのだろう。ラーメン店主がお客からお菓子をもらえないからその腹癒せにイタズラしているのだろうか。ボクには全くよく分からなかった。

 カボチャラーメンはナニかの御都合主義だろうか、はたまたタダの可愛げのない阿呆であろうか。いずれにせよボクはそんな何だかよく分からん御都合主義にはくみしないし、可愛げのない阿呆にはお近づきにならないのである。

 冗長になってきたからそろそろシメよう。

 ボクはハロウィンはオモチロオカチイ発券器としてはオモチロイと思う。しかし、そんなオモチロオカチイ人びとに関り合いになってマネーと時間のムダ遣いをしたいほどボクは少なくとも酔狂ではないのである。つまりハロウィンもボクが受けて断つ対象だったということだったというわけなのである。

nlab.itmedia.co.jp

(アイキャッチはハロウィンの仮装のイラスト「トリック・オア・トリート」。いい歳したオッサンオバハンがお菓子もらえないからゴミをバラ撒いてイタズラしまくっている日本のハロウィンは一体なんのオモチロオカチイイベントなのだろうか。ボクにはよく分からない。お題「コスプレ」お題「ハロウィン」によせて書きました。)

ラーメンとスニーカー通勤で体育の日のアウフヘーベン。

 読者諸賢、ごきげんよう。ボクはらーめ人間Z。らーめん視点からでないとブログが書けないまともない人間だ。

ラーメンを愛し健康を愛し、そして何より平和を愛するボクは、ラーメンと体育の日、そして世界平和をアウフヘーベンする途中のエラーでキタチョーのロケットマンがロケットもどきを撃つのをやめるまで外でラーメンを食わないラーメンハンガーストライキという何だかよく分からんラーメン断食の人造人間、つまりはホムンクルスに異世界転生していた。

そんな異世界転生してホムンクルスとして170日超えて外でラーメン食わないボクは、読者諸賢の言葉を借りずとも筋金入りの阿呆、つまりはプロのラーメン断食家だ。

そんなプロのラーメン断食家であり健康意識の高さにかけては一家言あると言っても過言ではないボクが体育の日にわざわざ狙いすまして不健康食品の中でも筆頭格と言われているラーメンを食うわけがない。だからボクは本稿においてラーメンについて書くことを潔く諦めた。潔さにつけてはボクは唯一無二日本一であると自負している。仮にボクの潔さについて何かモットモラシイ反論をお持ちの読者諸賢がいたとしてもボクはその反論を尽く却下する。

スポーツ庁が満を持してスニーカー通勤を奨励し始めたそうである。

 閑話休題。まとも界において日本政府は国民が健やか、かつ康らかな生活を送ることに対しての支援をするところに余念がないと言われている。先日、スポーツ庁とかいうところが、満を持してスニーカー通勤を奨励し始めたそうである。要約すると「スニーカーで通勤し、自宅や会社の1駅前で降りて歩いてもらう」といったものであるらしい。

 ボクはスーツにスニーカーとかいう何だかよく分からんオモチロイ格好をしたメタボ体型のオッサンオバハンが自宅や会社の一駅前から歩いている姿を思い浮かべると「何とオモチロオカチイ百鬼夜行なのでしょうか」とか思うとか思わない以前に、フツーにそのための時間をとって30分程度のジョギングを週に2−3回したほうがよいのではないかと思ってしまう。

明らかにジョギングが最強のメタボ対策にもかかわらず歩くことをすることにボクは解せないものを感じるわけであるが、もしかしたらスポーツ庁は国民の健康を増進したいとかしたくないとかいう以前に毎夜オモチロオカチイ「夜は短し歩けよメタボ」なハロウィンにしたいのかもしれない。しかしボクはスポーツ庁の人間ではない。つまりこれは憶測の域をでない。

長らく日本人の10人に1人はメタボであるらしい。

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 余談であるが、ボクは先日上述の記事を読んだ。日本人は今や10人に一人がメタボであるらしい。少なくともボクは健康診断において不名誉なメタボの認定を受けたことはないが、メタボにはならないよう睡運瞑菜350gに日々勤しみたいと思っている。

 ちなみにボクはラーメン食う愛を説かれるとラーメン食うに食えない愛で受けて断ってしまう特異な体質なのでお調子にのって毎日ラーメンなどを食うことはあり得ないわけである。

そんなボクにとっては本来天敵であるのでどうでもいいのであるが、ラーメン食う愛を日々説いている中でもラーメン評論家と名乗っている山本剛志さんに関しては、そこかしこのメディアで見かける度に「おまえ大丈夫か?」と思うことを止めることができない(直近ではラーメンWalker東京2018の紙中において山本剛志さんのお姿をボクは拝見したわけだがボクが「(山本剛志さん)また太ってる」と思ったということについては言わんでもいいことである。つまりは蛇足だ)(関連記事:参照*1参照*2

 本当かどうかはよく分からんが同ラーメン評論家の肩書のある石神秀幸さんなどは近年さほどラーメン食ってないようであるし、ガチのラヲタとかいう何だかよく分からん不健康オタクの諸氏にボクが言えることがあるとすれば年700敗とか人生で累計満敗なんだか知らないが、そんな可愛げのないよく分からん阿呆なことをアッピールするのではなく、ラーメンをどれだけ断つことができたかをアッピールしてみたらどうか?といったところである。

参考:google:石神秀幸 ラーメン離れ

ラーメン断食は何の役にも立たない。しかし、ラーメン食うのはもっと何の役にも立たない。

 170日超えてラーメン断食を現在進行形で続けるボクから言わせてもらうならば、ラーメン断食は何の役にも立たない。しかし、ラーメン食うのはもっと何の役にも立たないのである。いやむしろラーメン毎日食うなんて言うのは健康に百害あって一利なしと言っても過言ではない。ガチのラヲタの諸氏が糖尿病や高血圧やそれに起因する諸々の重症疾患に日々悩むオモチロオカチイ老後を迎えたいというのなら、それはガチのラヲタ諸氏の自由だ。ボクはそういった不健康増進活動の一切を否定しない。ボクはそんなオモチロオカチイ老後を迎えるリスクをできるだけ極小化したいからラーメン食う愛を説かれるとラーメン食うに食えなくなり受けて断ってしまうというだけにすぎない。

 ボクくらいのプロのラーメン断食家ともなれば、ラーメンなんぞ食わなくてもラーメンについて書くことはお茶の子さいさいである。ボクから言わせればラーメン食わないとラーメンのことを書けないラーメン評論家など温玉あざますどころか生卵レベルのひよっこだと言っても過言ではない。つまり生まれる前から出直してこいということである。仮にガチのラヲタとかいう何だかよく分からん不健康オタクの諸氏からのとってつけたような反論があったとしても、ボクは左から右へ受け流し尽く却下する。

やらんでもいいことをあえて狙いすましてやるのはただの阿呆か、可愛げのない阿呆である。ボクは後者にだけはならないように気をつけたい。

 さて、体育の日にブログ書いている場合じゃないのでそろそろこのあたりでシメてそれこそボクはジョギングに行ってこようと思う。また会おう。さらばだ、諸賢!

(アイキャッチはスニーカーのイラスト(靴)。本稿はお題「最近気になったニュース」によせて書きました。)

*1:ラーメン食うに食えないボクにもラーメンWalkerを買うには理由がある。

*2:続・ラーメン食うに食えないボクにもラーメンWalkerを買うには理由がある。

プロのラーメン断食家を襲名しようと思う。

 ボクはらーめ人間Z。らーめん視点からでないとブログが書けないまともない人間だ。平和祈願のラーメンハンガーストライキへと昇華したラーメン断食は、今日で78日目だ。きりのいいラーメン断食100日が当面のボクの目標だ。正直、外で全くラーメンを食いたくならない今のボクにとって、ラーメン断食100日は楽勝ムードが漂っている。ボクのラーメン断食の継続に支障をきたすような魅惑のラーメンが、ない。張り合いのある戦いの相手がいないというのは味気なく虚しい者です。

教育者のプロ意識が話題。


引用元: ワンパンマン 77撃目[いつも通りの退屈]より(外部リンク:参照)。
※ 著作権法第三十二条(引用)の解釈に従ってコミックスよりコマ画像を引用しました。(参照)。

 ところで最近ボクは巷のまとも教育界で《プロ意識》という言葉が使われているのを目にする機会が多いように思っている。聖職者様ともなるとさぞや高尚なる《プロ意識》をもっていらっしゃることなのだろう。ボクが最近目にしたのは『デリヘル嬢殴り支払った料金26万奪う、都立高教諭の52歳男を逮捕 「プロ意識の低さに腹が立った」(外部リンク:参照)』『教え子にアダルトグッズ贈った疑い 元部活講師を書類送検(外部リンク:参照)』『LGBT在籍クラスで教諭「誰だオカマは」(外部リンク:参照)』といったものだ。どの事案も教育者としてプロ意識が他界。あちらの世界へ逝ってしまっている。教育者のプロ意識キテる。教育者ヤバい。しかし、ラーメン断食を続けてきた中でボクはワンパンマンのサイタマ氏と同じくナニカが強くなり過ぎてしまったのかもしれない。プロ意識他界教育者の方々の行いを見ても何も感じないし、何の参考にもならない。意識他界教育者から吸収できるものが何も無いみたいなんだ。こんな教育者の方々からはボクは学びたいものが、なにも、ない。虚しい。退屈だ。

ラーメン断食100日達成したらプロのラーメン断食家を襲名しよう。

 強くなり過ぎてしまった疑惑のあるボクだけど、その強くなり過ぎてしまったボクですら《プロ意識》というものを語らうにはその実績を証明する根拠がまだ薄弱だ。だからボクはラーメン断食100日という実績をもってボクの《プロ意識》を証明したいと思う。ラーメン断食を100日続けたら、ボクは、プロだ。ラーメン断食のプロに一体何ができるのか、ボクにはよく分からない。しかし、デリヘル嬢をプロ意識低いと殴ったり、教え子にアダルトグッズを贈ったり、「誰だオカマは」と言ったりしないことだけは、確かだ(こういったことをするような人間がプロ意識他界教職者になれるのだから、プロというものは気軽に名乗ってもいいものという話のはずだ)。ラーメン断食を100日続けたら、ボクはプロのラーメン断食家を襲名しよう。今はまだボクが他人から吸収するものが何も無くなってしまっているか、それともまだボクには強くなれる伸びしろが残っているのか、判断するにはまだ、きっと、早い。ボクのラーメン断食100日達成のXデイは2017年7月23日だ。残り22日。今のボクのラーメン断食の継続に支障をきたすような魅惑のラーメンがない。最近の全部同じに見えるラーメンを見てもボクは何も感じないし、何の参考にもならない。あと22日、地道にボクは人も殺さぬ言葉という必殺技でボク自身の「ラーメン食べたい」を殺し続けよう。ラーメン断食100日達成した暁には、ボクは、プロだ。よろしくね。ピース。

 ボクはサイタマ先生から学ぶことが多い。つまり、まだボクには伸びしろがある、はずだ。

(アイキャッチはワンパンマン 77撃目[いつも通りの退屈]より(外部リンク:参照)を引用。お題「読書らーめん。」によせて書きました。)

TGIFに八面六臂の四面楚歌でラーメン断食56日目は疲労困憊。

 ボクはらーめ人間Z。らーめん視点から出ないとブログが書けないときがあるまともない人間だ。平和祈願のラーメンハンガーストライキに昇華したラーメン断食は今日(2017年6月9日)で、、、えっと56日目だ(参照1)。ここまできたら100日までは絶対に到達してみせる。100日キテる。ヤバい。待っていろ、100日。がんばるぞ、エイエイオー!早くまともにラーメン食べたい者です。

月曜日から何の修行あるある。

 さて、今回の大型連勤、ボク、正直疲れた。月曜日にはタコ部屋に押し込まれておっさんがプールでぷかぷか浮いたり沈んだりしている謎のイメージビデオを魅せられる修行から始まり、週の中だるみする水曜日には参加することに異議がある会議でおっさんからツンツンされる修行で喝を入れられて精神解脱を疑似体験。そして、週の最後の金曜日、"Thanks God It’s Friday (TGIF)“ と言いたい朝の痛勤電車が具合の悪くなった方がいたとかいないとか人身事故があったとかなかったとかで大幅に遅れ、会社につく頃には披露の極み。会社についたときにはすでに帰りたくなっていた。何を言っているのか分からないかもしれないが、ボクにもよく分からない。この大型連勤はあまりにも「よく分からないな」「これ、何の修行?」ということが連続で起きてしまったので、北から飛翔体が一度に何本も打ち上げられたであるとか、うどんが主食が過剰接待であるとか、一家無理心中だと思われていた事件が実は夫の警察官が容疑者として逮捕されたであるとか、トランプ米大統領がロシアゲート疑惑きっつーであるとか、カタールが中東諸国から国交断絶されたであるとか、小出恵介さんが淫行で無期限活動休止だとか、英総選挙で与党が過半割れであるとか、フミコ・フミオさんが遺書めいたものを書いた(外部リンク:参照2)であるとか、フミコ・フミオさんがまるまるもりもり製麺を夢がもりもり食べてた(外部リンク:参照3)であるとかさっぱり世の中についていくことができなかった。全然だめだー。きっつー。

気がついたら四面尊師のTGIF。

 さて、前述でも触れたとおり今日は"Thanks God It’s Friday (TGIF)“と「ウィッフィー!」「ヤター、金曜日だー!!」と悦びむせび泣くべききんきんきんようびなのである。しかし残念ながらボクのきんきんきんようびの朝は、痛勤電車遅延でとても「ウィッフィー!」「ヤター!!」と言えるようなものではなかった。ボクは痛勤遅延が確定した場合、会社に遅れる旨を連絡して、ゆっくりと、余裕をもって、通勤する。だから、乗車率100%を明らかに超えている電車は何本かやり過ごす。今日も同じように右からきたものを左へ何本かやり過ごして、ある程度空いている電車に乗って通勤した。ノイズキャンセルイヤホンをしているボクは音楽を流しているとほとんどまわりの音は聴こえない。しかし、今朝は聴こえないはずの音が聞こえる。「怪奇現象?」とよくまわりを見てみると斜め前の長椅子に座っているおばはん四人組がなにやらキンキン声で喚き散らしているようだった。朝からすでにボクは疲弊していたわけだが、おばはんたちはなぜあんなにパワフルなのだろうか。分からない。そんなにエネルギーが有り余っているならボクに力を分けてくれと思ったりしてしまった。しかし、よくみるとおばはんたち、やたらバウンシングしている。そこまで混雑している電車ではない。だから迷惑を被る人たちもいないといえば、いない。しかし、なぜ、椅子に座りながらおばはんたちはバウンシングしているのだろうか。よく分からない。そんなおばはんたちを見ていて、ボクが思い出してしまったのは、、尊師だ(google:尊師 空中浮揚)。まさに四面尊師。おばはんたちは一体朝から何の修行をしているというのだろう。ボクにはさっぱり理解ができない。そして「こわいな。。」「関わりたくない」と目を合わせることがないように対面の長椅子に視線を移した。すると、なにやら同じく四人組の幼稚園児らしき子どもたちがおばはんたち同様に長椅子の上でバウンシングしているではないか。四面尊師かと思っていたそれは、実は八面尊師だった。。そして、どうやら、そのお子さんたちは対面に座るおばはんたちのお子さんたちだったということらしい。八人が八人そろって一体朝から何の修行をしているというのだろうか。さっぱり分からない。この情景を見ているとボクの精神がインポになってしまう気がしてきた。ボクは次の駅で隣の車両に移動した。紳士淑女たるもの危うきには近寄らないものなのだ。

 この一週間、かなり遊んだ一週間だった。しかし、どんなにが心が荒んでもボクは「うどんが主食」が「うんこが主食」に見えることがなかった(参照4)。まだまだ修行が足りないようだ。フミコ・フミオさんはセンスがキテる。ヤバい。大型連勤きっつーだったけど、ボクはこの二連休でもって少しでも鋭気を養おうと思う。来週も大型連勤がんばるぞ、、エイエイオー!

(ちなみに今日は6月9日でロックの日なわけだが、ロックなことについて書く余裕はボクにはなかった。。ボクはちょい飲みは家でキメる。ロック・ウィズ・ユー(てきとー)。今週のお題「家飲み」によせて書きました。アイキャッチは心に闇を抱えた人のイラスト(女性)。「疲れ」で検索してみたら見つかったのでなんとなくこれにキメた。ボクは闇属性は、、、嫌いじゃないよ?)

エア花見よりエアラーメン。

  ボクはらーめ人間Z。らーめん視点からでないとブログが書けないまともない人間だ。ボクは花見は痛勤移動時や散歩したりジョギングしているときについでにキメるようにしている。場所取りして酒飲みながら桜酒とかいったことはしない。ましてや朝から雨がふる寒いプレミアムフライデーに新人社員に場所取りを強要したりしない。TPOにあわせた物事の楽しみ方ができないマゾをキメることがまとも人間への修行なのだとしたらまとも人間への道のりは遠すぎる。修行きっつー。早くまとも人間になりたいものです。

 そんなまとも界では「エア花見」が話題だ。火付け役はテレビのニュース(番組は忘れた)によると例によってインスタの同ハッシュタグ「#エア花見」らしくまとも界はあいも変わらず猫も杓子もインスタらしい。しかしボクはインスタは卒業した(関連記事)。だからあまりエア花見興味ない。ボクは花(桜)は痛勤移動時や散歩したりジョギングしているときについでに愛でたい。

参考:#エア花見 • Instagram photos and videos

 「花より男子」という言葉がある。いや、Google日本語入力が間違えました。なぜ第一候補を花より男子にもってくるのか、Google日本語入力おそろしい。改めまして「花より団子」という言葉がある。ボクの場合、もちろん「花よりらーめん」。そこから転じて「エア花見よりもエアらーめん」というわけだ。

参考:MISC-雑記-エアらーめん カテゴリーの記事一覧 - #ほぼにちらーめん

 改めてボクは強調しておきたいと思うのだが、ボクはラヲタなわけではない(関連記事)。だから日々らーめんのこと「好き好き抱いて愛している」と言ってはいるが、毎日2-3食、年間600-800食もらーめん食べたりは「しない」。せいぜい週に2-3食なのだ(家で食べる袋麺やカップ麺を加えると3-4食になることはあるが)。ボクは食べた杯数をアッピールしないとらーめん愛を語ってはいけないような風潮が嫌いだ。だから年間600-800食を謳っている人にやたらとメディアが食いついてコメントを求める風潮も嫌いだ。ボクからすると年間600-800食らーめん食べる人間は「こいつ、大丈夫か?」なので関わりたくない(関連記事)。なによりそういった年間600-800食を謳っている人たちが因果応報でどういう末路を辿ってもボクには関係ないし興味ない。何度でもハッキリ言おうと思うのだが「らーめんは健康に悪い」。なにより塩分が多いのがダメだ(関連記事)。自分でつくってみるとその辺りはよく分かる(自作らーめんの話は追々していきたい)。健康志向を謳ったらーめんが増えているが、もやしをのせて野菜たくさんとか言われるのはもうたくさんだ(そもそももやしも高騰している)。一日に必要な緑黄色野菜が全部摂れるといったことを謳うらーめんもなくはないが、ボクはそんならーめんは食べたくない(そういうのはスープパスタというのだ)。らーめんの定義はテキトーで「これがボクのらーめん」と言えばどうみても「焼きそば」でもらーめん。らーめんは自由。だからあまりボクも野暮なことは言いたくない。しかし、それでもボクにはボクの中で「これがらーめん」と思っているものがある。だから、誰がなんと言おうと「らーめんは健康に悪い」がボクの持論だ。

 健康に悪いらーめんを愛でたい。でも、食べるのは控えたい。そんなときにボクは「エアらーめん」をキメる。「らーめんが好きだ」だけど実際に食べるのは胃弱、高血圧だから控えないといけない、そういう方々には是非とも「エアらーめん」をキメてみてもらいたい。「エアらーめん」なら基本的に安心・安全だ。

 ただし「エアらーめん」にもひとつだけ副作用がある。だから最後に用法用量をお間違えなくという諸注意をして終わりたい。適度な「エアらーめん」をキメることができればらーめん欲を満たすことができ、満足できる。しかし、過度に「エアらーめん」をキメてしまうのは危険だ。逆にリアルらーめんをキメたくなってしまう。どの程度の「エアらーめん」をキメることで自分のらーめん欲を満たすことができるようになるかは個々人で千差万別だ。ボクも未だに「エアらーめん」をキメ過ぎてしまうことがある。「エアらーめん」のキメ過ぎでリアルらーめんをキメたくなってしまう。日々のメンタル修行大事。早くまとも人間になりたいものです。

インスパイアされたエントリや与太話のコーナー。

「花は満開の時だけをめでるものなのだろうか」と徒然草で兼好は書いた。続けて「近く咲きそうな枝先や、花びらが散っている庭も見どころが多い」と訴える。「家を出ずに花のさまを思い描くのもまたよい」。今風の言葉でいえば「エア花見」か。花好きを前面に出さずに、静かに趣を味わうのが風流人だ、ともいう。
引用: 数日前の夕、東京の上野公園に足を運んだ。三分咲きほどのサクラの下、青のシートに料理や飲み物を並べ若者たちがはしゃいでいる :日本経済新聞

 日本経済新聞の春秋(コラム)ですら「エア花見」をとりあげている。まとも界は猫も杓子も「エア花見」。ボクは「エア花見」より断然「エアらーめん」だ。

* * *

このエントリは幾分のインスパイアを上記のエントリからキメています。ボクのインスパイアについてはこちらの関連記事に以前説明を書きました。

お題「エアらーめん。」によせて書きました。アイキャッチはお花見のイラスト「場所取り」。ボクは花より団子、団子よりらーめん。場所取りはしない。いらすとやさんにはいつも感謝。)